色、いろいろの七十二候

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麋角解・市場

あれこれ年末のお買い物
画/いざわ直子
こよみの色
冬至
土器色かわらけいろ #C37854
・江戸時代の色名。厄除けの願いを込め皿を投げる「かわらけ投げ」は伝統の遊び。
麋角解
鳩羽紫はとばむらさき #6D6981
・鳩の羽のような灰みがかった薄い青紫色の中で、紫みの強い鳩羽色のこと。土鳩の羽毛の色からきた色名で、明治から大正にかけて流行した。

二十四節気は冬至。
冬至には、太陽の出ている時間がもっとも短く、太陽高度がもっとも低くなります。そしてこの日を境に、日は長くなっていきます。

ローマでミトラ教とキリスト教が勢力争いを行なっていた4世紀ごろ、太陽神を崇拝していたミトラ教では、太陽が生まれ変わり、力を取り戻していく日として、冬至を祝っていました。ミトラ教の流行に対抗するため、キリスト教は、同じタイミングをイエスの誕生日として祝うことにしました。「冬至の祝い」を、「クリスマス」が乗っ取ってしまったのです。
日本の「正月」は、今のところ乗っ取られずに、年末の市場を賑わせています。


冬至の日には南瓜(かぼちゃ)を食べて柚子湯に入る、という風習があります。
ゆずについては、以下記事に詳しいのでぜひご覧ください。


柚子湯に入るのは、「冬至」と「湯治」をかけただとか、柚子は「融通」がきく、という語呂合わせ、という話があります。そうした駄洒落めいた言葉遊びで流行した面もあるかもしれませんが、もともとは、やはり冬至が一番日の短い日、であることに由来しているようです。

太陽は生命の象徴であり、その太陽が蘇ったように日の長さを取り戻していく冬至は、ミトラ教とキリスト教の勢力争いにも見られるように、信仰上の重要な日でもありました。

今は立春からはじまる七十二候ですが、これは春分点を起点に黄道を24等分(15°ごと)した「定気法」によるものです。

これに対して、かつての暦では、冬至を起点として、翌年の冬至までの時間を24等分する「平気法」による二十四節気が用いられていました。太陽の回復が、一年のはじまりだったわけです。

太陽を、また新年を祝い身を清めるための柚子湯だったのではないでしょうか。
太陽が力を取り戻していくめでたい様を、「一陽来復」として慶んだのです。

そうした冬至の祝いのひとつに「冬至七種」と呼ばれる食材を食べて運を呼びこむという風習があります。

冬至七種は、「ん」が2つつく食べ物を食べて無病息災を願う、というものです。先の南瓜(なんきん)の他、にんじん、れんこん、ぎんなん、きんかん、かんてん、うんどん(うどん)、の七つ。こちらはやはり言葉遊びの感が強いものの、体を温める食べ物が選ばれています。

「市場」を「いちば」と読むか「しじょう」と読むかでその意味合いも微妙に変わります。
「いちば」からは、より直接的な交易が想像され、「しじょう」の方は、「見えざる手」の働くような抽象的概念に、より近い表現といえるでしょう。
どちらも、物を売買する場所として、「市」という文字が使われています。

市は、「平」と「止」の組み合わせで出来た会意兼形声文字です。「平」は天秤をあらわし、「止」は足を止めること。足を止めて、天秤を使う、つまり取引をするという意味が込められています。
元となった中国語も「市场(场は場を表す)」です。

戦国時代の「楽市楽座」という言葉が表すとおり、かつて「市」は自由に開けないものでした。「座」は、寺や神社などを背景に持つ利権集団であり、座に加わったものだけが商売が出来る、という閉鎖的なものだったといわれています。

楽市楽座をすすめたことで有名なのは織田信長です。経済活性化のための策のようにも思われていますが、敵対勢力である「座」の弱体化をはかるための信長の策略でもあったのでしょう。

昨年来、電力市場において、発送電分離が協議されています。いわば電力市場は「市」を独占している「座」が独占しています。発送電分離の判断は新政権に持ち越されました。自然エネルギーが系統に入ることを、不安定として反対する声も「座」から出ています。楽市楽座なるのか。刮目です。

※リニューアルする前の住まいマガジンびおから再掲載しました。
(2012年12月21日の過去記事より再掲載)