ぐるり雑考

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モノ、うつわ、呼吸

ぐるり雑考

20年ほど前、矢野顕子さんが「私は少ないもので豊かに生きるのが好き」と語っているのを読んで、深く頷いた。
頷いたけど「そんなふうに生きてみたい」という話で、自分の暮らしときたらそれどころか…という感じ。デザインの仕事をしていると、サンプルや試作品を含み、生活空間が膨大なモノで溢れかえる。

と書きながら、以前サウンドアーティストの鈴木昭男さんが聞かせてくれた話を思い出した。昔、一緒に暮らしていた女性が〝レコードを1枚しか持たないひと〟だった話。同じものを何度もくり返し聴いて、次の1枚は、必ずそれを売ってから買うひとでした、と。
「無人島に持って行く1冊」という設問がよくあるが、既に普段からそうしている人がいるんだな。

自分の話に戻ると、仕事がら増えがちなモノや書籍と別に、この十数年とくに悩ましく感じてきたのは〝うつわ〟のたぐい。日常的に使う器は本当に限られるので、「いいな!」と惹かれる一品に出会っても、「足りてるよね」という心の声に抑えられることが多く、そんな自分のあり様をつまらなく感じていた。
器については素敵な一品も、応援したいつくり手も多くて、本当に困る。

そんな中、新潟でデザインやモノづくりに取り組んでいるエフスタイルという2人組の友人と再会した。彼女たちは仕事柄、年間を通じて各地のいい店を訪れるし、魅力的なつくり手にも多数出会っている。素敵な品々、とくに器との出会いは多いはずで、「どうしているんだろう?」と思っていた。

彼女たちの場合「足りている」という理由で買わないような、インクが詰まって出ないボールペンのようではないみたいで(この表現自虐的ですね)、「わっ!」と心に響くものがあれば、どうやら迷わず買っている。
しかし、たまに放出市のようなものをひらいて、もう手放そうと思ったモノを、次の使い手にゆずり渡しているという。
「いいものを、一生つかう」という考えもとくにない様子だった。出会ったときには強く惹かれて買っても、日々触れてゆく中で次第に小さな違和感をおぼえるようになったり。あるいは逆に、変わらず良さを感じつづけていたり。

自分の変わってゆく部分、変わらない部分。
モノの価値というより、モノを通じて、いまこの瞬間の自分の感受性を確かめているような、そんなあり方を楽しげに聞かせてもらい心が軽くなった。

昭男さんの元同居人しかり、エフスタイルの2人しかり。モノも、生きてゆく中で呼吸のように出入りしていいし、むしろその呼吸の中で、自分のあり様がわかる。そこに面白さもあるんだな、と。

著者について

西村佳哲

西村佳哲にしむら・よしあき
プランニング・ディレクター、働き方研究家
1964年東京都生まれ。リビングワールド代表。武蔵野美術大学卒。つくる・書く・教える、三種類の仕事をしている。建築分野を経て、ウェブサイトやミュージアム展示物、公共空間のメディアづくりなど、各種デザインプロジェクトの企画・制作ディレクションを重ねる。現在は、徳島県神山町で地域創生事業に関わる。多摩美術大学、京都工芸繊維大学 非常勤講師。

連載について

西村さんは、デザインの仕事をしながら、著書『自分の仕事をつくる』(晶文社)をはじめ多分野の方へのインタビューを通して、私たちが新しい世界と出会うチャンスを届けてくれています。それらから気づきをもらい、影響された方も多いと思います。西村さんは毎日どんな風景を見て、どんなことを考えているのだろう。そんな素朴な疑問を投げてみたところ、フォトエッセイの連載が始まりました。