小池一三の週一回

8

びおソーラーのリーフを作成しました
その1

奥村昭雄が考案した空気集熱式ソーラーに関わって、35年になります。
この間の最もエポックな事実は、OMソーラーを開始し、組織を立ち上げ、一世風靡と言えるようなブームを生んだことです。一つのパッシブソーラーが、年間2000戸の建物に搭載されたような例は、世界的に見てもなく、この普及への貢献によって、国際太陽エネルギー学会(ISES)から大きな賞を受賞することができました。パッシブソーラーはそれまで、好事こうず家の世界のものとされ、一部の研究者のものでした。
ISESの表彰はアフリカのジンバブウェで行われました。このほど退陣したムガベ大統領が就任して7年目、悪名高い大統領が、まだ善政を施していた頃のことでした。
奥村さんは表彰を受けた後、マダガスカル島に渡り、バオバブの木を見たいという、少年時代の夢を実現したのでした。

OMソーラーが今年30周年を迎え、記念誌を発行するということで、及ばずながら、私も一文を寄せました。初期の頃の話は、思い出が尽きないので、書きたいことは山ほどありましたが、ページ数も少ないことから、過去を振り返って、このことだけは、ということに留めさせていただきました。それで自分の方は、びおsolarについて、リーフレットを作成することにしました。
タイトルを「びおsolarってなに?」と名付けました。
サブタイトルは、The simple guide to biosolar.

びおsolarリーフレット

A2紙型・仕上がりA5サイズの大きさで、A2を八つ折りにするとA5になります。絵本のような大きさで、簡単な作りのものですが。随分と時間をかけ、試行錯誤を重ね。たくさんの原稿をボツにしながら(2週間前の拙稿をご覧ください)まとめあげたもので、私的には35年の思いが詰まっているというか、一つの到達点を示す仕事になったと思っています。

表紙のこと

表紙は、テキスタイルデザイナーとして知られる anyanさんの絵を用いました。モダンで、ユーモラスに富んでいて、そのいきものの姿が大きな世界に包まれていて、びおsolarを表現するのにふさわしい絵柄と思われました。
表紙の裏側は、滋賀県守山市のひまわり畑で撮影されたものを用い、短コピーで綴りました

仕組図をめぐって

広げると、大きな仕組図が画面全体を占めています。OMソーラーでお馴染みの仕組図ですが、一見、似ていますが、よく見ていただくと異なるものであることがわかります。
まず、集熱ガラスがタテ置きでありません。ヨコ置きであり、枚数が少ないのです。OMの場合は、タテ置きで8枚ものガラスが乗せられていました。こちらは3枚程度、多くて4枚。つまり、約半分で済んでいます。OMでは流れ長さということが問題視されました。この呪縛から解放されたのは大きい、と堀部安嗣さんは言いました。
次に、屋根から棟下の集熱ダクトに導く穴が1箇所に過ぎません。集熱ダクトが消えました。この辺りの部位は、OMソーラーの工事で最も難儀を極めたところで、古いメンバーが集まると、この苦労話に花が咲きます。
びおsolarは、この点、あっけらかんとしたものです。屋根と集熱ユニットは分離されています。また、集熱ユニット自体が「集熱ダクト」を兼ねていて、屋根上で完結されています。屋根換気は、それはそれで流路が別に設けられており、何の支障もありません。
これは、OMの初期メンバーにとっては異変と言うべきことです。「こんなことで効くわけがない」、という声を聞くに及んで、どうやら古いメンバーほど合点がいかないようです、
この30年間の建物の断熱・気密化は劇的に変化しました。小さなエネルギー量で、高い温熱環境が得られるようになったことは分かっている筈です。人は、自分が体験したことを、簡単には超えられないのです。
そのことを分かってほしくて、実は意識的に、当初用いていたビジュアルに似た表現にしました。空気集熱方式は、今やこんなに簡単に、面倒を強いることなくやれるようになったことを確認し合って、そこから新しい地平へと進みたいと願っています。
びおソーラー

大事なことは「居住者による体験」

仕組図の下に、お二人のびおsolar居住者に登場いただきました。
お二人の感想は、コマーシャルを買って出ていただいたというより、当初の期待と実際の体験について、あるがままに語っておられて、このソーラー方式が30年前に登場したときを思い浮かべると、とても冷静な受け止め方であることに驚きました。
この30年前の「消費革命」がもたらしたものは、新機能や未体験ゾーンの押し付けと、いらないものをつかまされて来たことへの反省です。よほどのものでないと信用しません。
その意味で、お二人の感想はとても腑に落ちるもので、シンプルで、透明なあり方をもとめるユーザー・ニーズに応える技術を大切にしていくなら、そう間違えることはない、と思いました。