ぐるり雑考

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ここを離れて、次の場所へ

穂高に向かう電車の中で「やめようと思う」「あきた」と書いたその気持ちは、滞在中にどうなったか?

結論から書くと「これまでと同じようにはやらない」ことになった。H氏とも話して、来年は別の人が主催者に。僕はお休み。2年後はまだわからない。そんな具合で「はいここまで!」と終えず、多少の留保を含みながら先へ進むことになった。

そもそもファシリテーター役のH氏や、穂高養生園にはまるであきていない。とくに穂高養生園の滞在は、今回、例年に増してよかった。
穂高養生園の全景

ここは30年前に始まったリトリート施設だ。若い女性を中心にスタッフ数が多く、その多くが、養生園の中で暮らしながら働いている。

北アルプスの裾野にあって冬が厳しいため、11月中旬から翌年3月まで年の1/3は閉園。その間彼女たちは、ヨガを学びにアジアへ行ったり。料理の腕を磨きに海外のマクロビの拠点に行ったり。別の仕事をしてみたり。あるいはそのタイミングで次の人生へ向かう人もいる。

職場ではあるけれど、人生の中でひととき身を寄せることの出来る、小さな居場所のよう。滞在する私たちも同じ旅の途中なわけで、スタッフ/宿泊者という立場以前に、ある晩たまたま山小屋で居合わせた者同士のような、そんな感覚がある。

森のキッチンに一人の男性スタッフが混ざっていた。彼の料理がすこぶる美味しく、尋ねてみると以前フランス料理のシェフをしていたという。
ただある頃から、自分がつくる料理が決して健康にいいものではないなという疑問が生まれ、仕事や生き方の見直しを始めいまは北へ向かう旅の途中。その道中で養生園の話を聞き、夏のボランティアスタッフとして働くことに。長引いて11月になったけど、明後日にはここを離れて北へ向かうんです、と聞かせてくれた。

沖縄から始めた彼の旅は、ずっと歩きで、泊まりは野宿が基本だと言う。

2日後に昼食をとっていたら、銀マットを括ったザックを背負った彼が顔を出し「それじゃあ」と。みなで別れの言葉を交わした後、歩き始めた彼の後ろ姿は、ものの一分もしないで木立の中に消えていった。

火

撮影:二宮さん

人が歩いて旅をしていた頃の別れは、みんなこんな感じだったのかな。発車のベルが鳴るホームでとか、走り去る車に乗った仲間を見送る時のような、テクノロジーが両者をグイッと引き離す感じがない。旅立ちが自然で、あっけなく、スッとしている。

僕も次の場所へ向かいたいんだな、と思う。「あきた」というのは自分が自分に放った言葉だ。ここはもう済んだと思ったら、次へ行かないと。



西村佳哲  にしむら・よしあきプランニング・ディレクター、働き方研究家

1964年東京都生まれ。リビングワールド代表。武蔵野美術大学卒。つくる・書く・教える、三種類の仕事をしている。建築分野を経て、ウェブサイトやミュージアム展示物、公共空間のメディアづくりなど、各種デザインプロジェクトの企画・制作ディレクションを重ねる。現在は、徳島県神山町で地域創生事業に関わる。多摩美術大学、京都工芸繊維大学 非常勤講師。

連載について

西村さんは、デザインの仕事をしながら、著書『自分の仕事をつくる』(晶文社)をはじめ多分野の方へのインタビューを通して、私たちが新しい世界と出会うチャンスを届けてくれています。それらから気づきをもらい、影響された方も多いと思います。西村さんは毎日どんな風景を見て、どんなことを考えているのだろう。そんな素朴な疑問を投げてみたところ、フォトエッセイの連載が始まりました。