旬のコラム

桜始開、しかしそれとは別の「さくら」

2013年03月25日 月曜日

春分の次候は「桜始開」、桜の花が咲き始める頃です。今年の桜は全国的に開花が早いようで、22日には東京の桜が満開と報じられました。

桜の話は「びお」でも何度か取り上げて来ました。ですので、今回は少し趣向を変えた「さくら」に関連した話。

桜、その正体

高砂の 尾上の桜 咲きにけり
 外山の霞 立たずもあらなむ 権中納言匡房

百人一首にも選ばれている有名な歌です。が、今日の「さくら」はこんな美しい話ではありません。

桜?

大辞林で「さくら」を引くと、

(1)バラ科サクラ属の落葉高木または低木。北半球の温帯と暖帯に分布し二〇~三〇種がある。日本に最も種類が多く、奈良時代から栽植され、園芸品種も多い。春、葉に先立ちまたは同時に開花。花は淡紅色ないし白色の五弁花で、八重咲きのものもある。西洋実桜(みざくら)の実はサクランボといい、食用。材は器具・版木・薪炭用。重弁の花を塩漬けにして桜湯として飲み、葉は桜餅に使用。染井吉野が代表的であるが、山桜・江戸彼岸・大島桜・八重桜も各地に植えられている。日本の国花。[季]春。
(2)馬肉の俗称。
(3)「桜色」の略。
(4)露店などで、客の買い気をそそるため、客のふりをして買い物する仲間。〔「ただで見る」の意から芝居の無料見物人の意となり、そこから生じたという〕
(5)「桜襲(がさね)」の略。
(6)家紋の一。桜の花、花と枝葉をかたどったもの。

とあります。
今回は、(2)や(4)の、別の「さくら」に注目してみます。

馬肉は、別名「さくら」あるいは「さくら肉」と呼ばれます。馬肉の色が桜を想像させるから、という説が有力ですが、獣肉が禁じられていた時代に、別のものを食べているんだよ、と恍けるためでもあったのかもしれません。

露天の「やらせ」的買い物客のことも「さくら」と呼びます。これは大辞林には「ただで見る」の意から無料見物人を指し、そこから転じたとされています。この説明よりも、皓星社隠語大辞典にある「花の桜で人寄せするところから連想して」のほうが、現在の「さくら」を想起しやすいかもしれません。

この他、隠語大辞典には、
・酒類一切
・市街繁華ノ場所
・鳥肉
・木綿の衣類
といった例があげられています。

これ以外にも、公安警察の非合法活動を統括する部署が「さくら」と呼ばれていたことがあります。こちらの「さくら」は、陸軍中野学校跡地にあった警察大学校にあった「さくら寮」に置かれていたから、といわれています。

「桜田門」はいまも警視庁の隠語として使われています。「桜の代紋」といえば警察を指すこともありますが、この代紋、実は桜ではなく朝日(旭日章)なのですが、桜田門との混同なのか、それとも何か、もっと深い意味があるのでしょうか…。

なお、隠語大辞典では、「梅」は「衣服の総称」、「桃」は「爆発物または女子の陰部」とされ、いったいどういう由来なのか…。

隠語大辞典をあたっていくと、「下等百科辞典」というものにたどり着きます。これはなんと、本業は判事である尾佐竹猛さんが明治時代に法律新聞に連載したものをまとめたものですが、残念ながら、イロハ順の「ヤ」で終了してしまっています。このため、下等百科辞典で「さくら」を引くことはできませんでしたが、明治の法曹家が、当時の下等な言葉をどう捉え考えていたかという点で、大変面白い読み物です。近年復刊されていますので、ここにご紹介します。

隠語とは何か

「さくら」ひとつとっても、様々な隠語として用いられています。隠語というのはいったいどのようにして出来たのでしょうか。また、隠語を辞典にする、ということが成立しても、隠語といえるのでしょうか。

在野史家を標榜する礫川全次さんは、著書「隠語の民俗学」で、隠語の社会的機能として、米川明彦さんの「集団語の研究」から引用しています。孫引きになりますが、抜粋してご紹介します。

第一に、所属集団の秘密を保持する機能。
第二に、そこから派生する仲間意識、連帯意識を強化する機能。
第三に、他の集団と区別する機能。アイデンティティを確認する。
第四に、他の集団に対して誇示する機能。

(隠語の民俗学では、この引用の省略部分に対して疑義をとなえている部分もありますが、ここでは割愛します)

たとえば警察が使う隠語であれば、捜査対象にその内容が知れていることは好ましくありません。逆に反社会的集団が、何かを隠して行おうという場合にも同様です。隠語は、そういった制限があってはじめて隠語たりうるのです。

マタギの使う山言葉には厳密なルールがあり、里では絶対に使ってはならないし、また猟で山に入った時には、里の言葉を使ったら、猟を中止して帰ってくる、という程のものでした。

この手の社会的隠語と少々異なるであろうものが、言葉遊びです。
酒飲みの俗語を「左党」といいますが、これは「蚤を使う手(左手)=飲み手」、という言葉遊び。
焼き芋のことをかつて「十三里」といったのは、「栗より(九里四里)うまい」の洒落です。
寿司屋の「あがり」や「おあいそ」といった、もともと店が使っていた言葉があります。これは近年、客も使うようになった言葉ですが、先の社会的機能から考えれば、隠語と呼べるものではないかもしれません。客の側は、連帯意識やアイデンティティを持ちたかったところでしょうか…。このあたりは、隠語とはいえないのかもしれません。

「さくら」は、近年では「ステルスマーケティング(略称ステマ)」としてインターネット上に跋扈しています。ステルスマーケティングとは、文字通りステルス(stealth・隠密)に行われる宣伝行為、つまり宣伝に見えない宣伝です。
「食べログ」で、飲食店に有利な投稿をするやらせ投稿業者がいることが発覚し、一時炎上することがありました。芸能人のブログでも、商品の紹介ばかりでなく、事実上落札できないペニーオークションを薦める記事などが、「ステマ」扱いされています。

ようするにそれって「さくら」だろ、とも考えますが、「さくら」は(有名になったとはいえ)隠語、ステマは、マーケティング用語が転じてネットスラング的に使われています。
隠語とスラングはどう違うのか。これを語りだすときりがない、というより正解はわからない、というのが正直なところですが、上にあげた社会的機能を持っているか否かで判断ができるかもしれません。

先に上げた「隠語の民俗学」では、隠語は中世の非人社会をルーツとし、その流れを汲む芸能の世界、そしてアウトロー集団に分有されていったのでは、と考察しています。非反社会的集団と、反社会的集団の隠語が結びついていること、それは先の社会的機能の、第一と第四の関係のようなものかもしれません。隠語は隠語ゆえに、結局のところ必ずそうだ、断言できるものが少ないのですが、それ故に面白いのです。


今回参考にさせていただいた本

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