森里海の色
木版画が彩る世界「ヤブツバキ」

庭木や生垣として使われるツバキ。照葉樹林の植生を代表する樹でもあり、日本ではとても馴染みの深い植物です。


 
ツバキというのは、古くからある日本に木なんだよなあ、と思って調べてみると、古事記にも出ているという。
仁徳天皇が、皇后のいない間に八田若郎女(やたのわきのいつらめ)と浮気をし、そのことを聞いた皇后が詠んだ歌だ。

つぎねふや 山代河を 河上り わが上れば 河の傍に 生ひ立てる さしぶを さしぶの木 しが下に 生ひ立てる 葉広 ゆつまつばき しが花の 照りいまし しが葉の 広りいますは 大君ろかも

(山城川をさかのぼって、のぼっていくと、川のほとりに、さしぶの木が生い立っている。そのさしぶの木の下に、葉の広い、神聖な椿の木がある。その椿の花は照り輝いている。その椿の葉は広くて美しい。その椿のように広い心、浮気な心を持った大君ですこと)

『古事記 増補新版』(梅原猛/学研M文庫)より

椿の葉の大きく美しいさまが、浮気をする広い心をもった天皇に例えられている。

皇后は家出をし、天皇は歌を送って気持ちをなだめる。古事記では、天皇は八田若郎女を惜しみながらも別れるのだが、日本書紀では、この二人、結婚しているし、異母兄妹である。

古事記には、こんな感じで、愛憎あふれる人間がたくさん出てくる。ツバキだけでなく、たくさんの植物も、ごくごく自然に登場する。現代生活で、人を植物に例えるようなことはずいぶん少ないなあ、と思いかえす。表現のツールはたくさん現れたけど、表現力はあがってないんじゃないかな。

文/佐塚昌則