森里海の色
木版画が彩る世界「カワラナデシコ」

猛暑の中、暦は立秋を迎えました。ナデシコの後ろにキキョウが咲く、秋の七草の涼やかな木版画で涼を先取りしてください。


 
いわゆる「ナデシコ」は、このカワラナデシコを指す。
中国から入ってきたセキチクが「唐撫子(カナデシコ)」と呼ばれていたのに対して、「大和撫子(ヤマトナデシコ)」とも呼ばれた。

撫でし子、という名前の通り、美しさが愛玩される植物で、これを女性にも投影して「やまとなでしこ」なる言葉が生まれた。
この言葉には、かつての男性社会が期待する女性像、という意味合いが多分に含まれているのだろう。

時の政権与党からは、女性は産む機械だとか、LGBTは生産性がないから支援をするなとか、そんな声が聞こえてくる。そのたびにメディアもネットもある程度騒ぐ。けれど、こういうことは繰り返される。彼らはある層にウケたくて、炎上承知でこのような発言をするわけで、そうした層が確実に存在する証左だ。「やまとなでしこ」支持層も、似たようなものかもしれない。

ところで、カワラナデシコは、その名の通り、河原に生息していることからつけられたようだ。河原も、かつては人が適度に手を入れる二次的自然だった。ナデシコやキキョウは、そういう場所に育つ花だから、人が自然ときちんと触れ合っていた時代に、詩歌などに多く詠まれている。

今となっては、そうした自然は激減しているから、畢竟、ナデシコやキキョウも絶滅危惧種の仲間入りだ。生物多様性を守る、ということも、政治・行政のテーマの一つでもあるけれど、人里に近い二次的自然をつくる、なんていうことは、お上がやったってうまくいかない。生活者の必然から行われなければ、とうてい続かない。

「お客様」としての依存型生活ではなく、「自らがやる」という自立型生活のほうが楽しいし豊かだ。大変な面もあるけれど、それが生きるってことじゃないのかな。

文/佐塚昌則

 


 
たかだみつみさんの木版画は、今回で二十四節気を2年分、合計48作品が揃って、シリーズが完結しました。
「びお」リニューアル以前の未掲載作品は、今後、二十四節気ごとに公開していきます。
引き続き、季節の植物の彩りをお楽しみに!