森里海の色
木版画が彩る世界「ヒメクグ」

あぜ道で懸命に生きるヒメクグとタウコギ。版画と八木重吉の詩2編から考える生物多様性。


 
今日のテーマは「ヒメクグ」、脇を固めるのは「タウコギ」。

ヒメクグは、カヤツリグサ科の多年草で、湿ったところを好む。
タウコギは、キク科の一年草で、やはり湿ったところに群生する。
田んぼのあぜ道によくある草だ。稲作農家は悩まされただろうけれど、ある意味、水田の風景をつくってきた草、とも言える。

あぜ道には、たくさんの植物が生息している。陽の光をもとめて、時には上に、時には横に、茎や葉を伸ばす生存競争の世界だ。けれど、生存競争に破れた植物も、死滅するばかりではない。人間があぜ道の草を刈ると、地面に日があたって、発芽できずにいた別の植物の種が芽を出してくることがある。

人が草を刈れば刈るほど、植物相は多様になっていく、というわけ。

クリスチャン詩人として知られる八木重吉に、『草をむしる』という詩がある。

草をむしれば
あたりが かるくなってくる
わたしが
草をむしっているだけになってくる

なんと爽やかで雄大だろうか。
草刈りは、大変な労働ではあるけれど、そこに喜びを見出すことも出来るし、先に挙げたように、生物多様性に貢献する大切な営みでもあった。

近年は、除草剤によって、一見、作業こそ楽になっているものの、そこにあるのは生物多様性とは逆方面の、貧弱な生物相だ。

畦の草などなくてもいい、ヒメクグもタウコギも、必要ない、という人もいるだろう。でも、一度なくなった自然をもとに戻すのがどれだけ困難か、それは多くの人が知ることのはずだ。

八木重吉には、『草にすわる』という詩もある。

わたしのまちがいだった
わたしの まちがいだった
こうして 草にすわれば それが わかる

なんと重いことか。重吉のまちがいがなんだったのか、知る由もない。
ただ、そんなすわる草さえ失うような現代の植物との関わり方は、「まちがい」と言って良いのでは。


二十四節気を2周、48回にわたった、たかだみつみさんの版画による当連載も、これにて終了となった。
最後も説教臭くなってしまったけど、植物をないがしろにする生活は、いつかしっぺ返しを食らう、と思っている。
キレイ、と愛でるだけでなく、きちんと共存しよう。

文/佐塚昌則