森里海の色
四季の鳥「ナベツル」

出水に集中する1万羽を超えるツル

鶴のこゑ空のまほらにひびくなり 橋本鶏二
青天のどこか破れて鶴鳴けり 福永耕二

朝、6時半過ぎ。地平線に低く横たわる群青の山の端はようやく赤みを増してきましたが、目の前に広がる広大な農耕地はまだ薄暗く、まどろみのなかにあります。その向こう、浅く水のある地帯が白く光り始め、ツルたちのシルエットが徐々にはっきりと見えてきました。冷たい空気のなかで、ツルたちの鳴き声が天に響いています。なんともすごい数です。辺りが明るくなるにつれ、ツルたちは数羽から数十羽の単位で、次々に周辺の農耕地に餌を求めて飛び立っていきます。

鍋鶴

 

いま私が立っているところは鹿児島県出水市荒崎。世界でも屈指のツルの一大越冬地として知られるところです。日本で見られるツルはナベヅル、マナヅル、タンチョウ、クロヅル、カナダヅル、ソデグロヅル、アネハヅルの7種。誰でも知っているタンチョウは北海道東部で繁殖しますが、残りの6種は冬鳥として西日本に渡ってきます。そのうちで圧倒的に数が多いのがナベヅルというツルです。昨年12月16日の出水市のツル羽数調査ではツル総数15106羽のうちナベヅルは12821羽、じつに全体の85%になります。
ナベツルはロシアのウスリー川、アムール川流域や中国東北部で繁殖し、冬はその8割以上が出水周辺にやってきます。成鳥は雌雄とも頭部から首にかけて白く、首から下は灰黒色、黒い額に赤い斑、虹彩が赤いのが特徴です。幼鳥は首の部分に黄褐色味を帯び、額の黒もほとんど目立ちません。親鳥が幼鳥を守るように周囲に気を配って、家族そろって餌を啄んでいる姿は実にほほえましいものです。
出水周辺にツルが集まるようになったのは出水市の長年の保護活動によるものです。戦後、昭和22年に250羽まで落ち込んだ飛来数はその後、昭和34年に始まった人工給餌などの保護活動に他の越冬地の消失や環境悪化が重なり、急激に増加して現在に至っています。問題はあまりにも出水周辺に越冬エリアが集中してしまっていることです。鳥インフルエンザなどの疾病が発生すれば種の絶滅の危険性さえあります。100年前にはナベヅルもマナヅルも北海道、東北、北陸、中国など日本の各地で見られました。飛来総数が増えた今、ツルたちが自然に日本各地に飛来する環境をいかにつくるか、さらに難しい問題に課題は移っています。

著者について

真鍋弘

真鍋弘まなべ・ひろし
編集者
1952年東京都生まれ。東京理科大学理学部物理学科卒。月刊「建築知識」編集長(1982~1989)を経て、1991年よりライフフィールド研究所を主宰。「SOLAR CAT」「GA」等の企業PR誌、「百の知恵双書」「宮本常一講演選集」(農文協)等の建築・生活ジャンルの出版企画を多く手がける。バードウォッチング歴15年。野鳥写真を本格的に撮り始めたのは3年前から。