森里海の色
四季の鳥「イスカ」

曲がった嘴

遇いたい、遇いたいと思っていてもなかなか遇うことのかなわない鳥がいます。私にとってイスカはそんな鳥の代表格でした。私がイスカという鳥の名前を知ったのは20代の頃、建築用語の「イスカ切り」からです。建築工事が始まるとき、柱や壁の基準になる水平線を出すために遣り方という作業を行いますが、そのときに杭の頂部に施す切り方に「イスカ切り」があります。最近はあまり見ることがなくなりましたが、鋭角に斜めに切られた頂部が交差しており、こうしておくと杭を誤って叩いたり、動かしたりしてもすぐ判るからだと教えられました。「イスカ切り」は嘴の交差した鳥の名前から由来している、へーそうなんだ、いつかこの変わった鳥に遇ってみたいものだとずっと思ってきました。
昨年のクリスマスイブ、憧れのイスカについに遇うことができました。遠くアルプスの山脈を一望できる小高い丘の上、白樺の林でしばらく待っていると30羽ほどの群が一本の白樺に舞い降りてきました。雄は体が褐朱赤色、雌は黄緑色、雌雄とも翼と尾は黒褐色をしています。私にとっては夢のよう。これ以上のクリスマスプレゼントはありません。しばらくボーと見入っていました。

鶍の雌

イスカはヨーロッパ、アジア、北アメリカに広く分布する鳥で、日本には冬鳥としてやって来ますが、年によって渡来数にはかなり変動があるようです。イスカは漢字で交喙と書きますが、英名もやはり交差した嘴の意からCrossbillと呼ばれています。日本では「交喙の嘴の食い違い」などと、あまりいい意味で扱われない鳥ですが、欧米では人びとを病害から守る幸運の鳥とされてきました。それはイスカがキリストの十字架の釘を抜こうとしたために嘴が曲がってしまったという言い伝えがあるからです。
イスカの嘴は太く、先端が鋭く曲がり、上下が食い違っています。これは彼らの主な食べ物である針葉樹の種子を松かさからこじ開けて食べるのに都合がいいように進化してきたからですが、面白いことに幼鳥の嘴は曲がっておらず、成鳥になるにしたがい嘴が変化していきます。鳥の嘴のかたちはその食べ物や食べ方によって多種多様に進化してきましたが、イスカほどおかしな進化を遂げた鳥はめったにいません。

著者について

真鍋弘

真鍋弘まなべ・ひろし
編集者
1952年東京都生まれ。東京理科大学理学部物理学科卒。月刊「建築知識」編集長(1982~1989)を経て、1991年よりライフフィールド研究所を主宰。「SOLAR CAT」「GA」等の企業PR誌、「百の知恵双書」「宮本常一講演選集」(農文協)等の建築・生活ジャンルの出版企画を多く手がける。バードウォッチング歴15年。野鳥写真を本格的に撮り始めたのは3年前から。