「ていねいな暮らし」カタログ

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編集者が側にいるような冊子
——『mahora』

今回は、フリーランスの編集者として『拡張するファッション』(林央子著、P-Vine Books 2011)や『murmur magazine for men』を手がけられている岡澤浩太郎氏による『mahora』を紹介したいと思います。2018年に八耀堂から創刊され、今は2号まで刊行されています。

第32回でご紹介した『Subsequence』は、大判誌面いっぱいに大自然写真を使い、見るものを引き込むメディアでありましたが、今回の『mahora』は手のひらにおさまるくらいの新書本ほどのサイズで、文章で「暮らし」を伝えるメディアと言えます。タイトルの「まほら」とは、「美しい場所、すぐれた場所を意味する古語」とのことです。そのような「新しくて懐かしい」場所が私たちの日々の暮らしの中(毎朝の食事や親しい人との会話など)にあるのだと公式ウェブサイトで語られています。「『mahora』は、美術や服飾、工芸や手仕事、伝統文化や民俗学、自然の風土や農や土、太古の知恵や日々の暮らし、といった広い領域を、“美”というあり方を通して、横断し、つなぎ、見渡していきます(同上)」、とあるように、暮らしそのものというよりは、暮らしの基盤となる考え方や「伝統」的な事柄、そして服飾や料理などものづくりに携わる人たちの思いを中心に綴られています。

本誌は四六判変型と手を少し広げた程度の大きさで、多くの記事が2段組で組まれています。120ページほどあり、一つの記事のページ数も10-20ページほどとけして短くないのですけれども、本体が軽くさまざまな姿勢で読みやすい体裁であることや、文章量が多いと言っても縦1行で追う文字数が多いわけではないので(ページをめくるタイミングも計算されているのでしょうか)、一気に読めてしまいました。

公式ウェブサイトもそうですが、文章中心に編まれていることが『mahora』の特徴とも言えると思います。これまで、本連載で紹介してきたものの多くは、日常風景をどう撮るかを問うかのような写真について考えたくなるものが多かったですが、本誌の肝は文章、文体にあると思われます。岡澤氏が、それぞれの寄稿記事に導入のキャプションのごとく文章を寄せていることや(美術作品のキャプションのように記事タイトルの右下に添えられています)、ウェブサイト上で『mahora』のコンセプトや作り方が仔細に記事にされていることからも伺えることです。

本連載のテーマである「ていねいな暮らし」が今求められる理由の一つとして、便利な暮らしと表裏一体なものとしてある大量生産・消費社会の構造への疑義があります。私たちは、文明の恩恵を得ているだけでいいのだろうか、自分たちの暮らしに今のような環境は本当に必要なのだろうかということを考え、暮らしを「小さく」し、自給自足し、数十年前であれば「貧乏」とも言われそうな暮らし方が選ばれるライフスタイルとして語られるようになったわけです。本誌でも、大量生産・大量消費については明確に語られています。このことについては、『mahora』に寄稿されている記事をもとに、次回取り上げてみたいと思います。

(1) 「ご挨拶 - mahora」https://www.mahora-book.com/intro/ 2020年1月23日参照.
(2) 「mahora創刊号 予約販売開始のお知らせ -mahora」 https://www.mahora-book.com/news/book/180606-2/ 2020年1月23日参照.

著者について

阿部純

阿部純あべ・じゅん
1982年東京生まれ。広島経済大学メディアビジネス学部メディアビジネス学科准教授。東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。専門はメディア文化史。研究対象は、墓に始まり、いまは各地のzineをあさりながらのライフスタイル研究を進める。共著に『現代メディア・イベント論―パブリック・ビューイングからゲーム実況まで』、『文化人とは何か?』など。地元尾道では『AIR zine』という小さな冊子を発行。

連載について

阿部さんは以前、メディア論の視点からお墓について研究していたそうです。そこへ、仕事の都合で東京から尾道へ引っ越した頃から、自身の暮らしぶりや、地域ごとに「ていねいな暮らし」を伝える「地域文化誌」に関心をもつようになったと言います。たしかに、巷で見かける大手の雑誌も、地方で見かける小さな冊子でも、同じようなイメージの暮らしが伝えらえています。それはなぜでしょう。そんな疑問に阿部さんは“ていねいに”向き合っています。