よいまち、よいいえ

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山梨県南都留郡忍野村・忍野八海

忍野八海

忍野八海と景色

立春から建築家・小澤尚さんによる連載「よいまち、よいいえ」がスタートします。
「いえ」が連なると、「まち」になります。けれど、ただ家が並べばよい、というのものではありません。
まちが持つ連続性とは、空間だけでなく、時間のつながりでもあります。
絵と文を通じて、この関係を解いていきます。
旧暦では今月が正月。
そうした時期もあって富士山が美しく見える場を選んでみた。
ここは周辺の湧水の場を名所とした忍野八海の地区。
この地区は、もともとは水の中だったそうだが、地形の変化とともに干上がり、
いくつかの湧水の出口周辺だけが水の場として残った。
実際の水の場の数は、八つではなく、縁起によって八海と名付けたようだ。
水は、富士山に積もった雪などが地中の中で眠り、
20年前後の年月を経てからの湧水もあり、清らかで名水となっている。
描いた絵の右や左や奥に、忍野八海の中の本当の湧水池があるが、
描いた中心の広い池は、人工の池。
しかし、なぜわざわざ造ったのか?
それは、一目で感じてわかる風景が必要だったからだと思った。
背景にシンボルとなる富士山が良く見え、
歴史や風土を感じさせる茅葺の旧家の姿が手前に見え、
更に八海を連想させる水の場がすぐそばにある
理想の景色の場を造りたかったのではないか。
その姿は、すべての命に不可欠な太陽と水と緑、
それを育む山と住まいとの関わりの
理想的な在り方を語っているようにも見えた。
名所の景色と背景

世界遺産を眺める場

寒い季節になると太平洋側は、空気が乾燥し空は澄み渡り、富士山も、埼玉県などの遠方からもはっきり見えるようになる。葛飾北斎や安藤広重などの浮世絵ではシンボル的な背景として数多くの作品に描かれてきた富士山は、文化的世界遺産にも指定されて、更に意識されることの多い存在となっている。その景色は、伊豆や富士五湖からの立派な姿も良いが、水面の先に三浦半島や伊豆半島の延長上の遠くにシルエットを見せる千葉県側からの姿なども素敵だ。一方、街なかからの姿はどうだろうか。旧東海道歩きをした時には、通りからの眺めも阻む煙突や電柱の裏に富士山の姿を見た。富士見坂、富士見ヶ丘など、その風景が地名となった場所の中は、高い建物や構造物で見えなくなった例も多く残念な思いもある。より高い場を造れば見えるようになるかもしれないが、その建造物が周りにとっては景色の障害物となり更に残念さをつくることになる。江戸の風景も特徴づけた富士山。東京の都心の道からも、かつては眺められた富士山でもあるが、記憶を消し去るような開発や建設が、高度成長以降急ピッチで進められ、日本人はエコノミックアニマルなどと称される時代を経ながらバブルとともに泡と消し忘れ去られた。しかし、世界に知れ渡った浮世絵から、その場を訪ねてここに見えたはずと想像する楽しみ方もなくはない。嘆くだけでなく次の可能性を考えよう。名所とされてきた場所は、広く知れ渡るような何かがある訳で、その地域にある特産や文化とともに象徴になる風景や名画や語り伝えられる物語が必要なのだろう。

風景は造るもの

富士山の姿の手前に造るとするならばどんな建物やしつらえが、世界遺産とされるような大事な景色をより良くできるのだろうか? 例えば、電柱や塔のような尖った形状ではどうかとか、サイコロのような形状ではどうか、台形状ではどうか、逆台形ではどうかといくつか想像してみれば、自ずと明確になる。おおかた台形以外は、その建物やしつらえの方が目立つことになる。平たく言えば傾斜屋根が載ったような形がなじむのだろう。
色はどうだろうか? 富士山が青く見えるならば、微妙な自然の色がわからなくなるようなはっきりした青はあってはならないことになる。途中や近くに自然の緑があるだろうから、人工的な緑色もなじまない。自然の光や色の変化を引き出す色が望ましいのだろう。とすれば、青の美しさや明るさを引き出す色、すなわち補色にあたるような色相で、鮮やかさを控えた色調、そして明度は低めとなる。
描いた景色の建物や人工物は、形、色、配置、周りの造園やしつらえ全てに富士山の美しさを引き出している配慮が感じられる。建物の形や色ばかりではなく、例えば建物の屋根の連続は、山の稜線より緩やかに繋がり、山の傾斜の美しさを際立てて、水際の線は、稜線の流れのように下がりながら手元までつながる。また、建物の前の緑は、稜線の流れに小さなリズムを刻むように配置され刈り込まれているのだ。風景を育てているという言い方が正しいのかもしれない。

まずは地を読む

山と海と森に恵まれた日本は、その畏敬と感謝の文化が今も神社や祭りに引き継がれているが、古民家の姿にもその心が感じられる。例えば美しい山の景色だけよりは、茅葺などの姿が加わったほうがより良い景色になると思うが、いかがであろうか。自然を大事に考えた日本の良き文化の一つなのだろう。しかし、西欧化とともに建物に求めた在り方は、ともすると建物自体を際立たせて他と差別化する方向。競争化とともに設計・デザインを競う機会も生まれ、斬新さやユニークさや話題性や象徴性が求められてきた。そこの場をどう読み取りより良い場とすることよりも、まずは建物のみを優先しがちになる。草原や砂漠のような場所であれば、より際立った物が求められるのかもしれないが、豊かな自然の場所であるならば優先されるべきはそれへの重視とともに、その良さを引き出す心遣いにあるのだろう。学生時代を思いおこせば、初期の住宅設計演習課題は、道路と敷地境界ぐらいの条件で、どんな土地かもわからずじまいで、内部要求を満たす建物とせいぜい敷地内の外構が問われただけだが、森林や環境が大事にされねばならない時代では、それでは駄目だ。地の恵みを読み取って知り、より生かすデザインが求められよう。家を建てる前に屋敷林を育てて、南は落葉樹で夏は涼しく冬は暖かく、北風からは常緑樹が守るといった地の恵みを生かしてからという心掛けもあるかもしれない。

質素の豊かさ

物にあふれ続々と新たな売り物が出され売れ残りも多く出る時代だから、広告のチラシの増加も含めて新たな物がすぐゴミとなる。捨てないと広い家もともするとゴミ屋敷化する。ゴミが少なく、助け合い感謝する仲間に恵まれ、時間にゆとりのある本当に豊かな生活をしたい。豪華な生活は、消費とともにゴミも多く出るし、持続するにはコストをまかなうのに忙しくなりそうで、羨望の種にもなり、仲間が離れることもある。逆に質素な生活であれば、より豊かになりそうだが、どうすれば良いのだろうか。仕事を独占しないでワークシェアリングを実践している国もあり、時間に縛られなく、あまり稼がなくてもよく、新たな物を買わずに済んでなどと思いを巡らすが、そう簡単ではなさそうだ。まずは、質素で豊かで美しい姿にあこがれることから始めることにする。
忍野八海ではそうした質素で美しい姿を見ることができて感謝だが、一方みやげもの店付近では、バスツアーの外国人観光客団体に溢れた状態の体験もした。観光客の増減によって、自然や歴史の資源が荒れることがないようにと願うとともに、後で、祖国にもどり日本の質素で優しく豊かな景色を思い出し、語り合い、愛していただければ幸いだと考えてみた。

※リニューアルする前の住まいマガジンびおから再掲載しました。
(2016年02月04日 の過去記事より再掲載)

著者について

小澤尚

小澤尚おざわ・ひさし
国内や外国の現地でのスケッチとともに、昔の姿の想像図や、将来への構想や設計の図も、ハガキに描き続け、ハガキをたよりに、素晴らしい間の広がりを望んで活動中。2004年から土日昼は、日本橋たもとの花の広場で、展示・ライブ活動も続けている。 東京藝大建築科卒、同大学院修了。(株)環境設計研究所主任を経て独立し、(株)小沢設計計画室を設立し、広場や街並み整備も手掛けた。宮城大学事業構想学部教授(1997~2013)を経て、現在は、設立した事務所のギャラリー・サロン(ギャラリーF)を日本橋室町に開設・運営。

連載について

建築家・小澤尚さんによる連載「よいまち、よいいえ」。 「いえ」が連なると、「まち」になります。けれど、ただ家が並べばよい、というのものではありません。 まちが持つ連続性とは、空間だけでなく、時間のつながりでもあります。 絵と文を通じて、この関係を解いていきます。