まちの中の建築スケッチ

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高輪消防署二本榎出張所
——都会の谷間の歴史的建築——

神田順 まちの中の建築スケッチ 高輪消防署二本榎出張所

高輪は、「お江戸日本橋」の歌にも出てくるように、日本橋を夜明け前に出て日が昇り始めるあたりに、品川から高台に差しかかるところである。現在の高輪は、国道1号線の桜田通りと旧東海道の第1京浜国道の、いずれも低地を並行して走る国道の間の台地部分になっている。その尾根を走る道の、ほぼ中央の交差点、高輪警察署の向かいに、昭和8年建設の高輪消防署二本榎出張所は建っている。乾燥する冬を迎え、火の用心の意味もあって、レトロな消防署を紹介しようと思った。
円筒形の塔部が二重、三重に高く延びていて、見事な火の見やぐらである。軒先も柔らかな曲線で回っており、壁面は白に近いクリーム色のタイル貼り。向かいの、レンガタイル貼りの重厚な四角ばった警察署と対照的である。桜田通り沿線には、ここ10年くらいの間に、100mを超える超高層マンションが何棟も立ち並ぶようになって来た。さすがに尾根の道には、高くても30m程度のマンションが軒を連ねるくらいであるが、この交差点には、小さな公園もあり、地形的には高台であるが、都会の谷間のような空間を感じさせる。
都営地下鉄が馬込から浅草まで開通したのは、筆者が大学生になった時であるが、それ以前は、川崎から五反田を経て東京駅までのバスが走っていた。この部分では、国道1号線から脇に入って、尾根の道を通っていた。馬込から銀座までバス1本で行くことができて子供の頃によく乗った記憶がある。バス路線の中でこのあたりだけが、高台の住宅地であった気がする。二本えのきという名前も、耳に残っている。地名に松はよく登場するように思うが、榎は珍しいのではなかろうか。
その頃は、この消防署が、今のように目立った建築でなかったように思うのは、おもしろい。多くは2階建てくらいの街区で、ところどころお屋敷の塀があったりするような中では、むしろ大きな建物だったのであろうが、現代の建築のマンションなどは、平面的で、単調な街路をつくってしまうからだろうか、存在感のある建物になっている。
建設時には高輪消防署として、この地区の中心であったのが、1984年に高輪消防署の本署が白金の方に移転し、今は出張所となっている。2010年に東京都の歴史的建造物に選定されている。
火の見櫓も、高層マンションに囲まれて建設当初ほどの威力はないだろうし、加えて効率性や設備的にはいろいろ使いにくいところも多いかもしれないが、都会の谷間を感じさせる空間としてこれからも大切にしてほしいものだ。高輪ゲートウェイ駅前が開発されると視界的に海がまた遠くなる気がするが、当初は、火の見櫓から東京湾を望むことができたろうと想像する。