色、いろいろの七十二候

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雉始雊・七草粥

あれこれ年末のお買い物
画/いざわ直子
こよみの色
小寒
裏葉色うらはいろ #C1D8AC
・木の葉や草の葉裏のような渋くくすんだ薄緑色。繊細な感受性が生んだ名。しめ飾りの裏白の意は「夫婦白髪まで共に」への願い。
雉始雊
中縹なかはなだ・なかのはなだ #2E6A87
・平安時代中期に編集された、宮中の格式を記した法典『延喜式えんぎしき』の中に縹色についての記述がある。そこでは縹色を4段階に、濃いものから薄いものへ深縹(紺、ふかきはなだ、こきはなだ)中縹(なかのはなだ、なかはなだ)次縹(つぎのはなだ、つぐはなだ)浅縹(あさきはなだ、あさはなだ)に分けたものが示されている。深縹は黒味を帯びるほど濃く染め上げた藍染である。ふつう縹色といわれるものは、これらのうち中縹に該当する。

※延喜式とは、平安時代中期に編纂された格式(律令の施行細則)で、三代格式の一つ。

年が明け、小寒を迎えました。松の内も終わりました。七草粥は、1月7日の朝、無病息災を願って食べられるものです。

元々は、五節句のひとつ、人日の節句の行事であり、中国から渡ってきた風習です。

この春の七草(七種)の他、秋には見て愉しむ秋の七草があります。冬至七種や七五三、七夕など、めでたいもの、何かを祈念するようなものには七という数字が多く使われます。

一方で、仏式の法要では、初七日、四十九日(7回目の七日)など、こちらも七にちなんだ数字が目につきます。

仏教の経典には、七難即滅七福即生という言葉が記されています。教えを守ることで、世の七難は即滅し、七つの福が生まれる、というものです。七難の種類は経典によって異なりますが、天変地異や火難、水難、盗難など。そして七福は、ご存じ七福神の信仰につながっていくものです。

七福神には、商売繁盛の神様として人気の高い恵比寿の他は、みな他国から入ってきた神様です。大黒天、毘沙門天、弁財天はヒンドゥー教の神、福禄寿、寿老人は道教の神、布袋は仏教の僧に由来します。外国の物も、別の宗教の物も混ぜて取り込んでしまうという、日本の神仏習合の究極のような存在が七福神です。

七は日本でだけ特別な数字だったかと言えばそうではなく、ユダヤ教やキリスト教など、天地創造は七日間かけて行われ、七日目に神が休んだことから、土曜日や日曜日を安息日と考える宗教もあります。

また、キリスト教のいう七つの大罪(傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲)、そして近年バチカンが発表した新しい七つの大罪(遺伝子改造、人体実験、環境汚染、社会的不公正、人を貧乏にさせる事、鼻持ちならない程金持ちになる事、麻薬中毒)など、キリスト教においても七は特別な数字といえます。

春の七草は、現在は(せり)繁縷(はこべ)(なずな)御形(ごぎょう)(ほとけ)()(すずな)蘿蔔(すずしろ)として知られています。ただこれも、古来はさまざまなものが「七草」として扱われていたようです。現在の七草が文献に初登場するのは室町時代初期のものですが、それ以降も地方によっては食べる時期も種類も異なっていたことは容易に想像できます。

この正月は、スーパーマーケットで長いもが多く売り出されていて、ポップを見ると「三日とろろ」という風習があり、正月三日にとろろを食べて無病息災を願うのだといいます。どうも東北のほうの風習らしいのですが、寡聞にして知らず、というよりも、ここしばらくですっかり節分の定番として勢力を伸ばしてきた「恵方巻き」のようなものかと、勘ぐってしまいました。

バレンタインデーしかり、クリスマスしかり、売り手は市場を作ってあの手この手で売ろうとします。おせち料理も、「正月怠けるための準備」から、すっかり「買う物」になってしまいました。スーパーマーケットには、「七草粥セット」や、フリーズドライの七草粥の素、等が売られています。

七種のそろはずとてもいわゐ哉  加舎白雄(かやしらお)

「なくて七癖」や「色白は七難隠す」など、七には、実際の数を示すのではなく、多くのものを表す、という意味もあります。秋の七草は、桔梗が絶滅危惧Ⅱ類に指定され、存続が危ぶまれます。春の七種が、本当の意味の七でありつづけられるかどうか。次の世代に意味や価値が伝えられるだろうか—。

※リニューアルする前の住まいマガジンびおから再掲載しました。
(2013年01月05日の過去記事より再掲載)