ちいきのたより

Vol.77  大地の息吹『活火山』と共に暮らす
鹿児島県鹿児島市 シンケン

穏やかな天候に恵まれたお正月休み。
陸路で「桜島」を目指す。

桜島って島ですよね?とよく聞かれますが、現在は島ではありません。
鹿児島市内からだと、錦江湾(きんこうわん)(鹿児島湾)に沿って東へグルリと周ると車で行くことができます。
錦江湾
道中、いたるところにある堤防では、雄大な桜島を眺めながら穏やかな錦江湾に釣り糸を垂らす人の姿が・・・
なんとも長閑に目に映ります。

一方、桜島からたなびく火山灰と火山ガス・・・
「噴火してますけど、大丈夫ですか?」と初めて鹿児島に来た方は心配されますが、桜島は現在進行形で噴火を続けている、世界でもめずらしい活火山。
噴火回数は2017年が479回、2018年は393回。
ほぼ毎日噴火と隣り合わせ、これが鹿児島の日常なのです。

大正時代まではまさしく、アイランド(島)だった桜島。
1914年(大正3年)の「大正の大噴火」では、大量の火山灰や土石流と共に、大地震が発生しました。火山灰は北海道を超えて、遠くカムチャツカ半島まで届いたそう。

その火山灰や軽石が幅400m深さ72mの海峡を埋め尽くし、桜島と大隅半島は陸続きとなりました。

桜島の成り立ち

今回〝ちいきのたより〟として、地元の自然災害伝承というお題をいただきました。
きっかけは2019年に国土地理院が新たに地図記号として設定した「自然災害伝承碑」。災害を未来へ伝える取り組みです。

それなら地図をも変えてしまった「大正の大噴火」のすさまじさを物語る鳥居がある。未来へと語り継ぐためにあえて残されたこの遺構を多くの方に知ってほしい、そんな思いで一路 桜島へと向かったのです。

黒神埋没鳥居

桜島にある『黒神埋没鳥居(くろかみまいぼつとりい)
軽石や火山灰が1日で2メートル積もり、鳥居の柱が埋まった
「大正の大噴火」のすさまじさを伝えるために、当時のまま残されている

道中の長閑な風景に、軒を連ねる家々とここにある暮らし、観光バスや県外ナンバーも多く並ぶ道の駅…
いつ起こるかわからない災害をむやみに恐れるのではなく、恐れるべきを知ることが大事なのではないだろうか、そんなことを考える旅になりました。
道の駅たるみず 湯っ足り館の足湯

道の駅「たるみず 湯っ足り館
桜島の恵みを楽しむ

「大正の大噴火」では、自然の異変にいち早く気づいた桜島の人は船で脱出したり避難場所を準備していたこともあり、多くの人命が助かったそう。
少し離れた鹿児島市内では、避難の準備なく噴火後の大地震の影響もあり多くの被害が出たそうです。

昨今の暮らしは、人と自然が切り離されてきているように感じます。
「ふだんから自然のようすをつぶさに感じ、観察する、そして異変を見逃さない…」
自然と共に暮らす私たちがもって生まれた〝自然を感じる力〟を、大切にしなければならないのかもしれません。

鹿児島の工務店シンケンが魅せるリビング

桜島を眺めながら暮らしたい!
そんなご家族の理想を形にしたシンケンの住まい

桜島のその雄大な姿は、私たちの暮らしにしっかりと息づいており、眺めるだけで元気をもらえる!そんな存在です。
桜島は、温暖な気候と海面反射による豊富な日射量、水はけや保水性の高い土壌により、世界一小さな「桜島小みかん」と、世界一大きな「桜島大根」の産地となっています。

たっぷりと酸素を含んだ錦江湾はブリやカンパチの養殖が盛んで、国産養殖カンパチの60%は錦江湾産!
お寿司屋さんのカンパチの2皿に一つは、鹿児島から届いているんですね。
さらに、あちこちから湧き出す温泉…

桜島と錦江湾、その美しい名前にふさわしい彩り豊かな自然の恵みのもと、〝大地の息吹〟を感じながら、私たちの暮らしは未来へとつながっていきます。
夕日に染まる桜島

桜島と鹿児島市をつなぐフェリーから
夕日に染まる桜島

森畑 恵美子
ちいきの記者
森畑恵美子 もりはた・えみこ
鹿児島県枕崎市生まれ。
家のことが好き。家づくりが好き!
暮らしのなかの小さな気づきや発見が楽しみであり、ずっと大切にしたいことです。

 

鹿児島県鹿児島市シンケン施工事例
(株)シンケン
鹿児島市下荒田4-49-22
TEL:099-286-0088
www.sinkenstyle.co.jp

「ふだんを、いちばんの幸福に。」
をコンセプトに、太陽・風・樹々などの自然をいかした住まいづくりを
鹿児島・福岡で、一棟一棟ていねいに取り組んでいます。

ちいきのびお参加工務店さん全国図

ちいきのびお