色、いろいろの七十二候

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橘始黄・落葉

カサカサ落葉を踏みしめて
画/いざわ直子
こよみの色
小雪
砂色すないろ #DCD3B2
・砂のような灰色かかった薄い黄色。日本の海岸に広がる平均的な砂の色をさす。
橘始黄
薄色うすいろ #A89DAC
・薄く、ややくすんだ紫色のこと。紫根に椿灰汁またはミョウバンで染めた色。「紫」が高貴な色であるため色の代表として扱われていたことにより、一般的に「淡い紫色」が薄色とよばれていた。

二十四節気は「小雪(しょうせつ)
比較的温暖な静岡県でも、紅葉の報せが聞かれるようになりました。落葉樹のいくつかは、葉を落とし冬の準備をはじめています。

緑の葉が色づき、やがて散っていくさまは古来から日本人の心に響き、多くの文献や歌にも残されています。

光合成の際に光を吸収する物質・クロロフィルは葉緑素という別名でも知られ、葉の緑色のもとにもなっています。
いまごろの季節になると、日は短くなり、気温も低くなり、光と温度を用いる光合成の効率はさがってきます。するとクロロフィルの産生が減っていきます。

紅葉する葉では、クロロフィルが減少し、変わってアントシアニンが産生されるようになります。アントシアニンは赤色の色素で、これによって紅葉が進みます。
黄色に色づく葉では、クロロフィルが減ることで、元々含まれていた黄色い色素であるカロテノイドが目立つようになり、緑から黄色に変化していきます。

植物の葉は、水分を吸収したり蒸散させたりという機能を持ちますが、冬の乾燥・寒風では失われる水分が多いため、葉を落とす種類があります。これが落葉樹です。冬の厳しい環境の中で、無理に光合成を行うよりは、葉を落として、冬はエネルギーをあまり使わずに耐えて生き抜きます。

落葉樹は、生活コストを抑えるために冬籠りをするけれど、春になれば、また新しい葉をつける、というコストを払うことになります。これに対して常緑樹は、冬も葉を落とさないことで、冬場の生活コストはあがっても、春に新しいコストを払わないという選択をした樹木と言えます。

常緑樹であっても葉の寿命は永遠ではなく、抜け落ちて新たな葉を生やします。生命のサイクルです。

家を建てる際、外構も計画をしていても、実際になると敷地に木を植えたくない、という人がいる、という話をよく聞きます。
手入れが面倒、落葉が近隣に迷惑、という理由で木を植えなかったり、あるいは元々ある木を切ってしまったり、ということは珍しくありません。
それに加え、原発事故に由来する放射性セシウムの沈着が懸念され、落葉は悪者のようにいわれることが少なくありません。

落葉は本来、地面に落ちて分解され、土壌有機物へと変化し、また樹を育てる糧となります。私たちの身の回りでは、事実上植物だけが「生産者」で、人間を含む、他の動物、昆虫、魚などはみな「消費者」です。生産者たる植物を支えているのは、光合成の元になる光と水と二酸化炭素、そして土壌から供給される栄養です。

私たちの主食は米やパンなどの炭水化物です。炭水化物は体内で燃焼されて二酸化炭素になります。文字通り「酸化」です。還元状態にある物質は酸化状態に移行しながらエネルギーを放出します。私たちは、炭素を酸化し、そのエネルギーを用いて活動しているわけです。

呼吸という名の燃焼により排出される二酸化炭素、石油を燃やすと出る二酸化炭素、ゴミを燃やしても、落葉を燃やしても出る二酸化炭素。こうした二酸化炭素は、植物の光合成によって再び還元されます。植物がつくりだした炭水化物を、我々は酸化させ、また植物がそれを還元する。炭素はこのように循環しています。

二酸化炭素は温室効果ガスとして、大気汚染物質のように扱われるこのごろですが、一方で、炭素の循環の役割を考えれば、我々が生きていく上でなくてはならない物質です。

そして落葉も、この炭素循環で役割を果たしています。集めて燃やせば大気中の二酸化炭素に、土に返せば土壌を肥沃にする炭素に。これらはいずれ循環し、やがてまた誰かの口に入る食物にもなるのです。

落葉踏む今日の明るさ明日もあれ  水原秋櫻子

落葉は終わりでもあり、始まりでもあります。

※リニューアルする前の住まいマガジンびおから再掲載しました。
(2012年11月22日の過去記事より再掲載)