ちいきのたより

Vol.66  よみがえる天平の遺産 
愛知県豊川市 綺の家建業

 ちいきのたより第66回よみがえる天平の遺産愛知県豊川市 綺の家建業

 

 ちいきのたより第66回よみがえる天平の遺産愛知県豊川市 綺の家建業

窓を開ければ風が心地よく、時折肌寒さも感じる季節になりました。
今回は古の時代に想いをはせ、歴史のお話から。
三河国分尼寺跡史跡公園パンフレット
「よみがえる天平の遺産」
今から約1278年前、奈良時代天平のお話

社会科の苦手だった私はピンとこないのでポチっと検索。
縄文時代→弥生時代→古墳時代→飛鳥時代の次が奈良時代。
こんなにも昔々の話だとこの時点であらためて実感。

奈良時代の天平13年に聖武天皇は国家の平和と繁栄を祈るため、全国60余国に国分寺と国分尼寺を建設する詔を出しました。

三河国(みかわのくに)では私の住むここ豊川市の一角に三河国国分寺・国分尼寺(こくぶんにじ)が建立されました。
奈良時代から平安時代にかけて三河国の仏教文化の中心施設として国家仏教を広めるとともに、天平文化の地方への普及に大きな役割を果たし繁栄しました。
やがて平安時代末頃には役目を終え建物も朽ち果ててゆくことに

その三河国分尼寺がよみがえった史跡公園に行ってきました。
三河国分尼寺跡史跡
かつての国分尼寺の当時の姿を実感できるよう遺構の真上に実物大建物として中門及び回廊の一部が復元されています。
三河国国分寺・国分尼寺
その設計については発掘調査に基づき法隆寺東大門や西院回廊などの現存建物を参考としながら復元設計を行い、屋根瓦は出土品にならい復元し、木部はヤリガンナ仕上げ、柱等の部材は朱塗りとするなど、奈良時代の建築様式が再現されています。
ヤリガンナ仕上げと朱塗りの柱
寺域はおよそ150㎡で全国の国分尼寺跡としては最大級の規模です。
史跡三河国分尼寺跡の配置図
建物と建物をつなぐ渡り廊下の回廊は単廊構造が一般的な中、
三河国分尼寺では連子窓をはめて壁の両側を通行できる複廊構造の珍しいものだそうです。
珍しい連子窓の複廊構造
本尊を祀ったお寺の中心建物を金堂と言います。中央の一段高くなった須弥壇(しゅみだん)の上に仏像が安置されたと考えられています。
金堂跡の説明板石積みの金堂跡遺跡の基礎
史跡公園の向かいには天平の里資料館があり発掘調査の出土品も展示されています。
天平の里資料館
発掘調査では灯火具(とうかぐ)が出土しており、日常的な照明としてだけではなく
多くの明かりを灯しながら仏を供養し、滅罪を祈願する「万灯会(まんどうえ)」でも使われていたと考えられています。

そして毎年、この跡地で「万灯会」をよみがえらせようと、「天平ロマンの夕べ」が行われています。
天平ロマンスの夕べチラシ
古の時代に想いをはせ、一人ひとりの思いの込められた手作りの万灯に明かりを灯します。
万灯の灯り
万灯の灯りは幻想的で、
これだけの数が揃うと厳かな雰囲気が漂います。
一面の万灯の灯り
地元の中学生による「浦安の舞」も、雰囲気に花を添えとても優雅でした。
浦安の舞三河国国分寺・国分尼寺
私が昼間この公園を訪れた時は、他に誰も人はいなくて、
そのせいなのか、この場所だからなのか、ただただ天気がよかったからなのか、とても落ち着く穏やかな空間でぼーっといつまでもとどまっていたい、なんだか不思議な感覚に包まれました。
ヒガンバナ
今から千年も先の事なんて想像もつきませんが、
千年後、今私たちが生きているこの時代に想いをはせている人々が居たりするのでしょうか。

原三保子
ちいきの記者
原三保子はら・みほこ
愛知県豊川市の綺の家建業勤務。広報部でもあり、営業部でもあり、設計部でも。小さな工務店は一人何役も、やる事いっぱい。その分やりたいことをやらせてもらえるチャンスもいっぱい。
もっともっと成長できるよう日々奮闘中です。

 

綺の家建業株式会社
綺の家建業きのやけんぎょう
愛知県豊川市大橋町2丁目64
TEL:0533-56-9159
URL:https://e-kinoya.com
私たち綺の家建業は『四季折々と漆喰と程のよい暮らし』をコンセプトに、日向ぼっこの暖かさを、通り抜ける風の心地よさを、四季折々を楽しむ暮らし。過度な設備ではなく、自然のちからを借りた程のよい暮らし。そんな暮らし、心地のよい住まいを提案しています。
設立から続く綺の家の思い‘House philosophy’は直訳すると住宅哲学とでも。よく考え、工夫を凝らします。これからも心豊かな暮らしを提案してまいります。

ちいきのびお参加工務店さん全国図

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