びおの珠玉記事

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鰯の話・第二幕

鰯の大群

以前、鰯の漁獲量やTPP、輸入の話を取り上げました。


ところが肝心の「鰯の旨さ」について、さっぱり取り上げておりませんでした。鰯の話、第二幕。

うつくしや鰯の肌の濃さうすさ  小島政二郎

脂ののりと、鰯の臭い

「脂がのる」という言葉が、人の一番いい時期に例えられるように、魚は脂がのったものが旨い、とされています。
鰯の場合、この脂が、焼いた時に出る鰯ならではの臭いの元でもあります。好きなら、いい臭いなんですけどね。

江戸時代の川柳に

隣の子おらが家でも鰯だよ

というものがあります。焼いた鰯の臭いが長屋中に広がっている様子が想像され、鰯が庶民のごくごく普通の食べ物だったことがよく伝わってきます。
古典落語の「猫久(ねこきゅう)」では、熊さんが女房に鰯の下処理を頼まれるシーンがあります。鰯、鰯、と怒鳴る女房に、熊さんは、長屋中に鰯を食べることがバレてしまう、と怒ります。
鰯は見栄を張れるような食べ物ではなかった、ということですね。

海荒れて膳に上るは鰯かな  高浜虚子(きょし)

鰯しか膳に上らない、という不満が見えて、ここでもやはり鰯は軽んじられています。
でも、鰯が不味い魚、というわけではありません。
紫式部は鰯が好きだったことで知られています。当時は鰯は、(いや)しい魚とされていました。隠れて食べていたところを夫の藤原宣孝に見つかり、それを指摘されると、

日の本にはやらせ給ふ いわしみず
まいらぬ人は あらじとぞ思ふ

と詠んで、「石清水八幡宮」の人気にかけて、鰯の旨さを訴えた、という逸話が残っています。
賤しい魚、「いやし」が転じて「いわし」になった、という説もあるぐらいで、どうやら鰯の鮮度が落ちた時に発する臭いが、上流階級に嫌われる原因だったようです。

この臭いの元は、「トリメチルアミン」というもので、濃度が濃くなるとアンモニア臭のような臭いを発します。これは鰯に含まれる旨み成分「トリメチルアミンオキシド」が腐敗して出来るものです。腐る前なら旨み、腐れば臭い。今では冷蔵・輸送が発達していますが、紫式部の頃は、鮮度の高い鰯を手に入れるのは大変なことだったでしょう。もしかしたら、腐りかけのものを焼いて食べていたのかもしれません。それで亭主に怒られた、と…。

こんな風に、どうにも下魚扱いの鰯ですが、紫式部が言うように、「まいらぬ人はあらじ」という旨さ。この脂には、DHAやEPAといった不飽和脂肪酸が多く含まれています。

生で、煮て、揚げて

イワシの刺身
新鮮な鰯なら、まずは刺身を。皮と身の間の白っぽいのが脂です。
イワシの煮付け
塩焼き、醤油焼きもたまりませんが、焼く際に脂が落ちてしまうので、DHAやEPAを摂りたい、という場合は、煮るのをお勧めします。

梅干しや生姜には、トリメチルアミンの臭気を抑える働きもあるので、これらと一緒に煮ると臭みが出にくくなります。
けれど、本当に新鮮な鰯が手に入ったなら、梅干しも生姜もなしで、鰯だけで煮るのもオツです。鰯から水分と脂が出るので、水もいりません。煮えたところで塩少々。
イワシのマリネ
揚げれば臭みはほとんど気にならなくなります。マリネにすればなおのこと。

こんな鰯もある

たっぷり脂ののった真鰯が、旬の鰯の醍醐味ですが、他にもこんな鰯があります。
生シラス
生しらすは、冷凍物が各地で売られているけれど、やっぱり産地で本当の「生」を食べるのが一番!
茹でたしらすしか知らない人は、その美しい光沢と、舌触りに驚くでしょう。
チリメンジャコ
畳鰯
魚といえば、やっぱり「干す」。しっかり干した上乾のちりめんじゃこや、たたみいわしなどの「干物」もいいですね。
イワシの日干し
鰯の身は柔らかく、崩れやすいものですが、軽く干すことで、身の水分が抜け、弾力をもった食感に変わります。
うーん、いろいろな食べ方があるけれど、やっぱりこれが一番かなあ。
メザシ

失せていく目刺しのにがみ酒含む  高浜虚子

鰯は秋の季語です。けれど、目刺しは春の季語。ところで虚子さん、「海荒れて膳に上るは鰯かな」なんて、鰯を馬鹿にしているのかと思ったら、本当は好きなんじゃない、あの苦味。

この虚子の二句が、現代にもなお及ぶ鰯の扱いを代弁しているように思います。健康に良い、というのも大事だし、値段が安いのも大事だけれど、「旨い」と思う気持ちに勝るものなし。

※リニューアルする前の住まいマガジンびおから再掲載しました。
(2015年10月24日の過去記事より再掲載)