色、いろいろの七十二候

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鴻雁来・天高し

秋晴れ
こよみの色
寒露
コスモス色  #F85CA2
・秋桜の字が当てられ、花弁は紫がかったピンク。明治20年頃渡来したといわれる。
鴻雁来
江戸紫えどむらさき #745399
・濃い青みを帯びた紫。江戸時代に武蔵野に自生するムラサキ科ムラサキソウで染められたことから名付いた。江戸を代表する染め色。京紫は赤みが強く、江戸紫は青みが強い。歌舞伎の人気演目『助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)』で、主人公の助六が巻く鉢巻きの色が代表的。

「天高し」は、「秋高くして塞馬さいばゆ」(杜 審言(と しんげん))からとられた言葉です。
塞馬は、匈奴きょうどの侵略に備える砦の馬をいいます。秋空が高く澄み、張り詰めた神経を強いられていた馬が肥えるほどだ、というのです。
秋の天気は、大陸からの移動性高気圧や低気圧が交互に日本付近を通ることにより、3~4日間で天気が周期的に変化します。低気圧の通過は、雨を降らせ、大気中のちりを落としてくれます。その後にやってくる高気圧は、乾燥した空気を運んでくれます。そうして透明な空気に身を包まれるようになると、自然と空も大きくなります。すぽーんと抜けるような空の青さは、この季節独得のものです。
モンゴルでは星は瞬かないという話を聞いたことがあります。大気が透明なモンゴルの大地では、星は直ぐそこにあって、満天の星が煌めくといいます。
北京の中秋の名月が見事なのも、同じことだと思われます。

上行くと下来る雲や秋のそら

凡兆ぼんちょうの句です。凡兆は、加賀金沢の人だということのほか、出自も経歴も不明の点が多く、元禄四年に凡兆という俳号で登場します。「本朝文鑑」の「作者列伝」に「医を業として洛に居す」と記されていて、京で医者を開業していたらしいようですが、これも定かではありません。
ただ、芭蕉が嵯峨野の去来の落柿舎に滞在した折に、最も足繁く通ってきたのが凡兆であったことは知られています。しかし、その芭蕉とも反りが合わなくなり疎遠になったといいますから、むずかしい性格の人だったのかも知れません。凡兆は何かの事件に関わり、入獄します。その罪状が何であったかは分かりませんが、句は今も生きています。

市中は物のにほひや夏の月
下京や雪積む上の夜の雨
初潮や鳴門の浪の飛脚舟

どの句も、時と事をありあり表していて、いいですね。
古句は、意外に新鮮で驚くことがありますが、秋の(そら)を詠んだ先の句は、秋になって空を見上げるたびに、ふいと口にのぼる句です。

漱石の『三四郎』に、「あの白い雲は雪の粉」だと、美禰子(みねこ)に話す場面があります。よく知られる場面です。美禰子に憧れを持つ三四郎は、聞きかじりの科学的知識をひけらかして「あの白い雲は雪の粉」というのですが、彼女は「雲は雲でなくっちゃいけないわ。こうして遠くから眺めている甲斐がないじゃありませんか」と事も無げに言います。
美禰子との感覚のズレがおもしろくて、こういうカタチで近代意識を漱石は描いたということを知る場面でありますが、秋の空は、そう遠くから眺めるものなのですね。

文/小池一三

※リニューアルする前の住まいマガジンびおから再掲載しました。
(2010年10月08日の過去記事より再掲載)