びおの七十二候

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天地始粛 ・てんちはじめてさむし

天地始粛
水をのむ猫の小舌や秋暑し  徳田(とくだ)秋聲(しゅうせい)

早暁に起き出して家の外にでると、たしかに秋がそこまで来ていることが実感されます。天地始めて寒しとは、よく言ったものです。けれども、そうはいっても日中は夏の気候そのものです。お彼岸までは、暑い暑いの毎日なのでしょうね。

熱を感知して、暑いときにも寒いときにも、自分の居場所を見つけ出す天才はネコです。古代エジプト美術に女神バステトの像があります。前に上野博物館で催された「大英博物館 古代エジプト展」では、このバステトが、「ネコの姿をとる像」としてひときわ目をひきました。あの像は、天空の女神ともいわれ、移動する太陽熱放射を読み取って、ピラミッドの中の自分の居場所をつくったといわれます。

ネコは砂漠出身の動物なので、犬に比べて比較的夏の暑さには強いといわれていますが、それでも毛皮を纏っていますので、暑くないはずがありません。このため、猛暑や閉め切った部屋、水不足などでは熱中症になってしまうネコがいます。汗をかかず、体温調節の苦手な分、人間よりもさらに夏の悩みは多いのではないでしょうか。水は体を冷やし、新陳代謝を活発にします。これはネコにとっても同じことです。高齢猫には腎臓障害が多いといわれますが、水が不足すると腎臓に負担がかかるのは人間と同じです。

残暑がきついのはネコも同じで、そんなネコの生態を、徳田秋聲の句は見事に詠んでいます。「水をのむ猫の小舌や秋暑し」と詠まれると、思わず同感しませんか。秋聲の自然主義リアリズムが持つ、のどをいらいら刺激するえがらっぽさがあります。天地が落ち着き始め、朝夕、きびしい暑さは鎮まっているものの、夏の疲れもあって暑さが堪えるのがこの季節で、そんな前後左右が、この句の周辺に空気となって漂っているではありませんか。

この句を詠んだ徳田秋聲(1872・明治41年〜1943・昭和18年)は、金沢の人です。小学校時代、1学年下にいずみ鏡花きょうかがいました。

作品は『縮図』が有名です。新藤しんどう兼人かねと監督で映画化されています。封建制の象徴である芸者の世界をリアルに描き、主演した乙羽信子は、この映画によってブルーリボン女優主演賞を受賞しました。これでもか、これでもかという現実描写があって、徳田秋聲と新藤兼人を一つにするとこんなことになるのか、と思われるほど、ねちっこい映画です。

『縮図』は、小説としては完結しませんでした。1941(昭和16)年に、新聞連載小説として書き出しますが、戦争描写や芸者の世界を書いたため、当局から干渉を受け、徳田は途中で筆を折りました。そしてあとを書かないで亡くなりました。
『縮図』のビデオは、町のビデオ屋に置いてあるところは少ないですが、あるところにはあります。
徳田秋聲は、泉鏡花、室生むろう犀星さいせいと共に、金沢の三文豪の一人です。
徳田秋聲記念館は、古都金沢の面影を色濃く残す「ひがし茶屋街」と隣接していて、浅野川にかかる梅ノ橋のたもとにあります。近くに泉鏡花記念館や、金沢蓄音器館もあります。記念館の建物は、金沢の町家ですので、建物に興味のある人は、この面からも楽しむことが出来ます。兼六園や、妹島和世の21世紀美術館もいいけれど、金沢らしい金沢があのあたりにはあります。

※リニューアルする前の住まいマガジンびおから再掲載しました。
(2008年08月28日の過去記事より再掲載)

天地始粛の猫