色、いろいろの七十二候

22

綿柎開・台風

台風
こよみの色
処暑
萱草色かんぞういろ #F8B862
・黄みがかった橙色のこと。萱草の花の色から名付いた。萱草の別名は忘れ草といい、平安時代は忌事に用いる凶色であった。
綿柎開
紺碧こんぺき #007BBB
・真夏の日差しの強い青空のような深く濃い青色のこと。紺碧は海外ではアジュール(AZURE)と呼ばれ、宝石のラピスラズリに由来する色。この色が日本に伝わった際に『ラピスラズリ=紺色の碧=紺碧』と和訳してできた色名だと言われている。

ラピスラズリの色を意味する伝統色には「瑠璃色(るりいろ)」や、他に「群青色 (ぐんじょういろ)」などもある。

台風という言葉をあらためて考えると、結構、変な言葉ですね。
台湾を通り中国大陸に上がるので、台の文字を用いたそうです。ほかにも中国語の大風(タイフン)から来ている言葉だとか、ギリシャ神話に登場する「typhoon」からだとか、アラビア語の嵐を意味する「tufan」からだとか、諸説あります。
日本には、野分(のわき、のわけ)という言葉があります。『枕草子』や『源氏物語』にも出てきます。野の草を吹いて分けるという意味で、美しく、かつ壮絶なイメージが喚起される言葉です。沖縄のウチナーグチでは、「カジフチ(風吹き)」または「テーフー(台風)」というそうです。
明治時代から颶風と呼ばれるようになり、1956年に同音の漢字による書きかえの制定があって、台風という漢字があてられるようになりました。

福田恒存に『キテイ颱風』という戯曲があります。湘南の海岸に住む一家の話を描いた作品で、キテイ颱風とは、1949年に実際に上陸した台風でした。戯曲でいうと、原源一に『台風』という作品があります。これは1958年に起こった狩野川台風を描いた作品でした。1963年に劇団民藝が上演していて、ぼくは高校生のとき、この舞台を観ています。颱風と台風の文字の違いは、漢字の書き換え制定を境にしています。

吹き飛ばす石は浅間の野分かな  芭蕉
鳥羽殿へ五六騎急ぐ野分かな  蕪村
大家の寝静まりたる野分かな  子規

江戸・明治の俳人は、やはり「野分」ですね。蕪村の句は、黒沢明の映像を思わせます。黒沢は風雨の描写に心を砕きました。タテの映像(たとえば『七人の侍』)で、ヨコに広がる木下恵介(たとえば『二十四の瞳』)と好対照を描いています。ギラリと光る太陽は、『野良犬』『羅生門』に代表され、前者は都会のビルの間から、後者は森林の間から射し込む光が強烈でした。モノクロを知り尽くした映像でした。

颱風たいふうの雲しんしんと月をつつむ  大野林火
颱風のあとや日光正しくて  山口誓子
梯子あり颱風の目の青空へ  西東さいとう三鬼さんき

今も颱風は季語の一つですが、この漢字が用いられていた時代の俳人たちの句です。誓子も三鬼もいいですが、林火の句は、動きの速い颱風の雲を動かない月との関係で詠んで秀逸です。

石原裕次郎に『風速40米』という映画がありましたが、台風による影響は、むかしは降水による影響よりも、暴風による影響が大きかったように思います。まだテレビのない時代、ラジオのニュースを聞きながら、吹き付ける強風に不安を覚えながら眠りについたものです。朝になると、まるで憑きものがとれたように青空が広がっていました。
最近は台風による暴風よりも、異常気象による集中豪雨による被害が大きく、この夏の記録的な猛暑と、各地にみられた記録的な多雨とは、コインの裏表のようです。この原因として上空約12,000mを流れるジェット気流(偏西風)の蛇行の固定化を挙げる気象学者がいますが、何故、固定化してしまったのか、また、日本上空の大気の高層観測により、上層大気が寒冷化していることも判明していますが、これらのメカニズムはまだ解けていません。
昨今の夏の雨も暑さも長く続いてキレが悪く、台風一過のようにさっぱりしませんね。

文/小池一三

※リニューアルする前の住まいマガジンびおから再掲載しました。
(2010年08月23日の過去記事より再掲載)