ちいきのたより

Vol.24  つなげ!繊維のDNA
岡山県倉敷市 運船建設

二十四節気では立春、七十二候では次候の黄鶯睍睆(うぐいすなく)
ウグイスが山里で鳴き始める頃だそうです。

私が暮らしている町は、岡山県は倉敷市。
人口47万人で、中国地方の都市では広島市・岡山市に次いで三番目に人口の多い都市となっています。

倉敷は全国的にも有名な観光地となっており、修学旅行生や海外から来られた人の姿を多く見かけます。
一番有名なのは多くのお店が立ち並び、アイビースクエアや大原美術館など観光施設が集中している倉敷美観地区でしょうか。その美観地区についての詳細は大和建設さんのたより「倉敷さんぽ」でご覧いただけます。

さて、上記のように観光地としてのイメージが強い倉敷ですが、実は「繊維の町」としての顔も併せ持っており、私が十数年前に他県からここ倉敷に移り住んだのも、倉敷が創り出す繊維や高い縫製技術に魅せられたことがきっかけでした。
岡山県倉敷市の縫製技術
それではなぜ倉敷では繊維業が盛んなのか?
答えはズバリ、塩分が強い土地だから。

実は、倉敷市周辺部はもともと海で、江戸時代から干拓地として切り開かれた地域。その干拓地は塩分を多く含んだ土地で、稲や野菜などの農作物が育たず、代わりに塩に強い綿花栽培が始まりました。
綿花
簡単に流れを説明すると、「干拓地で土が塩分を含み農作物が育たない…」→「塩に強い綿花栽培をやろう!」→「収穫した綿から糸を作ろう!」→「糸が出来たら生地が織れるよね!」的な流れです。

古くは真田紐さなだひもに始まり、帆布はんぷ、足袋、畳の縁、緞通だんつう、作業服、学生服、ジーンズと、主に厚手の生地の生産・縫製を得意としてきました。
特に学生服のシェアは倉敷・岡山でなんと全国の7割を占めており、みなさんが学生時代に着ていた学生服はおそらく倉敷・岡山のメーカーが製造したものかも?しれません。
そして私達がよく見ている大工さんの作業着も岡山のメーカーが製造している可能性が大です。

江戸時代から始まったこの繊維業は実に400年を超え、今もなお倉敷では繊維業が盛んに行われており、平成29年には日本遺産「一輪の綿花から始まる倉敷物語~和と洋が織りなす繊維のまち~」として認定されるまでになりました。

その倉敷の中でも特に児島地区は繊維関連の会社が集中しています。
ということで、前置きが長くなりましたが、今日はその繊維業の心臓部である、児島地区を散策してみたいと思います。

JR児島駅を出発点として、改札口を出てみると・・・

アレ?改札口の扉がすでにジーンズ!
倉敷市児島駅のジーンズの改札

駅のロッカーもジーンズ!
倉敷市児島駅のコインロッカーはジーンズ柄

そして駅を出ると洗濯物が!
倉敷市児島駅出口のターミナルにはジーンズが干されている
い、いやジーンズです。

そしてバスターミナルにはジーンズバスが停車中。
倉敷児島駅ジーンズバス

内装もデニム生地で仕上げられており、運転手もジーンズ着用となっています。
倉敷児島駅ジーンズバスの内部

ちなみにジーンズバスだけでなく、ジーンズタクシーなるものもありますよ。
倉敷児島ジーンズタクシー
もうJR児島駅だけでジーンズ押しの熱量が伝わりますよね。

さて、そんなこんなで駅から北へ向かって歩いていると、歩道のタイルが面白いことに気づきます。



倉敷の名産や名所がタイルになっており、歩いているだけでも倉敷がどんな地域かなんとなく分かってきます。

さてさて児島駅から徒歩10分ほどでジーンズストリートに到着。

倉敷市児島のジーンズストリート入り口看板

ここジーンズストリートは様々なジーンズ関連のショップが立ち並ぶスポットとして、観光地のひとつにもなっています。

ジーンズストリートを歩いていると、洗濯物が!
倉敷児島ジーンズストリートの吊り下げられたデニム
いや、すいません やはりジーンズです!

歩いていると、
ハギレが安くワゴンで売っていたり、

倉敷児島ジーンズストリートのハギレワゴン

野菜が売ってあったり、

倉敷児島ジーンズストリートには野菜の無人販売所もある

トリックアートがあったり、
倉敷児島ジーンズストリートのトリックアート

この地域特有のなまこ壁(目地に漆喰を蒲鉾形に盛り付けて塗る工法で、盛り上がった目地がなまこに見えることから)があったり、
なまこ壁

顔出し看板があったり、

倉敷市児島ジーンズストリートの顔ハメ看板

倉敷市児島のジーンズストリートのBIGJOHNデニム顔出し看板


桃太郎がいたりします。

ジーンズストリートのデニムを履いた桃太郎人形

さてさて、散策していたらお腹が減ってきました。

児島と言えば実はうどんがソウルフード。
なぜ児島にうどんが根付いているかというと、これも繊維業と深い結びつきがあるからなんです。

1950~1970年代の高度経済成長期、児島には多くの女工さんたちが県外から集団就職で来ており、向かいの四国からも多くの人が移り住んできました。そして徐々に四国のうどん文化がここ児島にも広まっていき、今でもうどんがソウルフードとして深く地域に根付いているのです。

今では児島うどんなるパンフレットまで配布しています。

児島うどんパンフレット倉敷市児島うどんパンフレット

余談ですが、うどんの麺って糸に似てません?
たぶん繊維業に携わっている方は職業柄うどんの麺が糸に見えてきて親近感がわき、外部の食文化であるうどんを比較的すんなりと受け入れやすかったのだと私自身は勝手に解釈をしています。

話が脱線しましたが、児島でうどん屋と言えば「いしはるうどん」がオススメ。
お昼時には外で行列ができるほどの人気店です。
倉敷市児島の美味しいうどん屋いしはるうどん
なお、地元繊維関連の会社の人達が多く集うため、ヘタに仕事の話をしようものならライバル会社に筒抜けなので、ここでは仕事の込み入った話はNGです。うどんを食べることに専念しましょう。

本日はスペシャルうどん(830円)を注文。
ワカメ・ネギ・揚げ・牛肉・卵が入ったオールスター的なうどん。

倉敷ジーンズストリートいしはるうどんのスペシャルうどん

児島のうどんは讃岐うどんのようにコシがあるというよりは、もっちりした麺が特徴。
特に天ぷらが揚げたてで、そのまま口に運ぶと危険です。
天ぷらを汁に浸すと「バチバチバチッ!」と花火のように音を立てて危険な合図を出してくれるほど。

私が入店してからも次々とお客さんが来るので、なるべく早めに食べてお店をあとにしました。

いしはるうどんは海沿いにあるので、途中でこうした穏やかな瀬戸内海の風景が一望できます。
瀬戸内海
遠くには瀬戸大橋が見え、対岸は四国になります。夕陽も綺麗で有名です。

さてさて、お腹もいっぱいになったところで、次に向かったのは、ジーンズミュージアム。
倉敷市児島のジーンズミュージアム外観

ここではジーンズの歴史を知ることができたり、ジーンズのオーダーができたり、ジーンズ製造の体験なんかもできちゃいます。
ジーンズミュージアムの展示物倉敷児島ジーンズミュージアム内部児島ジーンズ博物館の中ジーンズミュージアムでデニムの出来る様子を再現した人形
さぁもうジーンズもおなかも一杯。

次は学生服の歴史を学びに児島学生服資料館へ。
倉敷市児島学生服博物館
実はここもワンダーランド。
学生服の歴史はもちろん、当時使っていたミシンや販促ポスターなど所狭しと展示がされています。
倉敷児島学生服博物館の展示物

中にはこんな変形学生服まで、しっかりと展示。
児島変形学生服を展示した学生服博物館

資料館の2階では学生服の無料貸し出しも行っており、学生服を着て記念撮影もできちゃいます。
学生服博物館で無料貸出中の制服児島学生服博物館では学生服を借りて記念撮影できます
恥ずかしがらず、当時の自分になりきるのがポイントだそう。

ちなみに児島では年に2回ほどその名もズバリ「繊維祭せんいさい」と呼ばれるイベントが行われており、倉敷の各メーカーがサンプル品やB品などを格安で販売してくれます。
倉敷児島繊維祭
そういうこともあってか、良質のジーンズをお手軽に入手できる環境にあり、町を歩いているおじさんやおばちゃんがなぜかハイブランドのジーンズを穿いてたりして、思わず二度見してしまいます。

このように町の至るところで繊維関連のお店や会社を目にします。ミシン屋・糸屋・ボタン屋・染色工場・縫製工場・加工工場・アイロン仕上げ屋など、繊維業に関連するお店や工場が点在しており、いざ児島に足を踏み入れると他の地域とは違った印象を受けることでしょう。

最後に、繊維業界のことを「糸へん業界」と呼びます。(確かに繊維という漢字、どちらも糸へんですね)
なので、町では「うちら糸へん業界の景気は~」などと、話すことが非常に多いです。
倉敷児島の糸看板
近年は私のように糸へん業界の心臓部へもぐりこみたいという人が県外から移住してくることも多く見受けられるようになり、わざわざ海外から縫製を勉強しに留学する人も少なくありません。

400年を超える繊維のDNAは今でも町にしっかりと継承されている一方で、常に海外の低コスト製品と戦っており、景気やトレンドに大きく左右される浮き沈みの激しい業界でもあります。

このDNAを絶やさないよう、次の100年に向けて頑張ってほしいと思うのでした。

SIN
ちいきの記者
SIN シン
大学で建築を学ぶも、ジーンズに魅せられて本場の倉敷に他県から移住。ジーンズメーカーで勤務したのち現在の会社へ。今はモノで埋もれた生活から解き放れるため、断捨離関連の本を買って知識を得つつも、逆に本が増えていくという悪循環に陥っている。

 

岡山県倉敷市運船建設施工事例
運船建設(株)うんせんけんせつ
岡山県倉敷市日吉町492-6
TEL:086-422-1143
URL: http://www.unsen.jp
1963年、ひとりの大工が倉敷にて創業してから約半世紀、地元密着型の工務店として家づくりを行っています。不用意に施工棟数を増やすことはせず、確実に仕事を遂行し、お客様と地域の皆様から愛される工務店を目指しています。
なお、社名からよく「船も造っているのですか?」と尋ねられることがありますが、造っているのは家のみです。

ちいきのびお参加工務店さん全国図

ちいきのびお