色、いろいろの七十二候

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蚯蚓出・兜

折り紙で兜を折って遊ぶ兄弟
こよみの色
立夏
若緑色わかみどりいろ #98D98E
・明るく浅い黄緑色。松の若葉の色。若竹若葉若藤若草・・・。「若」は、明るく鮮やかな色目に用いられる文字です。
蚯蚓出
若草色わかくさいろ #C3D825
・若草のような黄緑色。平安時代からある伝統的な色。若葉に対する色に、他にも『萌黄(もえぎ)色』がありますが、若草色のほうが若さがあり黄みが強いです。若草は春の季語でもあります。

桃の節句の雛飾りは、早く片付けなければお嫁に行き遅れるため、すみやかに片付ける、という風習があります。現代の社会規範に照らすと、いろいろ問題になりそうな風習ですが…。

端午の節句の武者飾りには、そういったならわしは無いようですが、言ってみれば戦争の道具を飾っているわけで、これも昨今の社会規範に照らしてみると、戦争礼賛らいさんだ、なんていう声が出てきてもおかしくありません。

でも、実際のところ、今飾られている多くの鎧兜は、戦争用というよりも、むしろ当時も装飾品としての意味合いが強かったようです。

日本の鎧兜は、西洋はもちろん、東洋の他の国と比べても奇異な外観を持っています。

上杉謙信の兜の前立には飯綱権現いづなごんげんの立像が見られますし、その養子・上杉景勝の前立は、「大日輪前立」といわれ、大きな日輪が掲げられています。その家臣・直江兼続の「愛」の前立も有名で、五月人形でもよく見かけます。

別に上杉家だけが変わった兜を使っていたわけではなく、森可成よしなりの兜は上部に1メートル以上伸びる大釘を立てていますし、藤堂高虎はこれまた横に1メートルほどもあるような耳状の飾りがついた兜を纏っています。

洋の東西を問わず、かつては鎧兜・甲冑は戦闘のための重要な防具でした。けれど、遠距離からの投射兵器が登場すると、いくら高性能な甲冑を身につけていても、結局はやられてしまうのです。
このため、甲冑は戦闘用と、その地位をアピールする装飾用に分かれていきます。

先に上げた大名・武将たちも、毎回それを実際に被って軍場に赴いたかはわかりません。中には、行軍時と戦闘時には違う兜を使っていた、という記録もありますから、やっぱり派手な前立はファッションであったのは間違いありません。

一昔前は、五月人形というと源平モノだったような気もしますが、いつのまにやら戦国武将花ざかり、となっています。戦国ネタのゲームも多く、「歴女」が母親になったり、ということも影響しているのでしょうか。大河ドラマの影響も、きっと大きいですよね。

注目したいのは、性能面では行き着くところまで行って、デザインがアイデンティティになっていったことです。西洋の甲冑も、彼の地では装飾品として飾られるシーンを目にします。手段の目的化、と言ってもいいのかもしれません。

コモディティ化する中でどう差別化するか、というのは現在もあちこちで課題になっていることです。

住まいもそうです…といいたいところですが、実の所、性能という面ではまったくコモディティ化に至る前に、装飾方面に進んでいる感も否めません。もっとも、デザインと性能は相反するものではありませんし、優れたデザインもまた、性能の一つであると思います。

そう考えれば、派手な前立もまた、ひとつの性能でもあったのでしょう。五月人形を片付けるときに、お子さんにそんな話をするのはまだ早い、と思うかもしれませんが、時のすぎるのは早いもの。
子どももあっという間に大きくなってしまいます。年中行事は、年長者が語るチャンス。そういう機会を大切に…。

※リニューアルする前の住まいマガジンびおから再掲載しました。
(2015年05月05日の過去記事より再掲載)