ぐるり雑考

29

真剣さが足りない

ぐるり雑考

二つ前の雑考にチラッと登場する甲田幹夫さん(ルヴァンというパン屋の創業者)と、このあいだインタビューを交わした。僕の最初の本『自分の仕事をつくる』に載っている彼の話は、約20年前のもので、あらためて現在地点をきかせて欲しいなと。
ルヴァンは今年創業35年をむかえた。甲田さんも元気だが、数字上は70歳。これからどんな道行きを歩むのかな。インタビューを終えて心に浮かぶのは、神学者 ラインホルド・ニーバーのこんな言葉だ。

「神よ。私たちに、変えられないものを穏やかに受け入れる力と、変えるべきものを変える勇気を。そして変えられないものと変えるべきものを、区別する知恵を与えて下さい。」
God, give us grace to accept with serenity the things that cannot be changed, Courage to change the things which should be changed, and the Wisdom to distinguish the one from the other.

インタビューは本に収める予定。ただ全文は掲載できないので、サンドイッチのように切り落とす部分が生じる。そこも美味しいんだけど。たとえばこんな話。

甲田 12〜2月の上田店は本当に静かで(信州の店舗。夏場は混むが冬場はそれほどでない)。静かで、ゆっくりできると、余計なこと考え出しちゃって。「辞めたい」とか。毎年必ずなにか問題が起きるんだよね(笑)。忙しいとないんだけど。

「余計」かどうかは本人が決めることで、他人、とくに雇用主が言うべきじゃない(笑)と思いつつ許す。いい人なんです。でも確かに、悩むのは「悩む余裕がある」からだとは思う。年末年始になると、必ず風邪で倒れる働き者の姿にも重なるものがありますね。

悩みには種類があって、〝わからなさ〟の原因は、たいてい情報不足ないし過多。〝葛藤〟のたぐいは、思考の「〜べき」部分を手放してみると意外にシンプルになることが多い。

「どう見られるかな?」「どう思われる?」といった〝他人の評価を気にする心理〟は厄介で、こうした外から目線の内面化に関しては、SNS等でも日々心の戦いがくり広げられていてみなさんお疲れのことと思う。
にしても、やはり「余裕がある」んじゃないかな。たとえば体育の授業で5,000メートルを走るとき、最初のうちは見た目を多少意識できても、ラスト一周になって、ゼイゼイハアハア全力で走っているときはもうそんなもの気にしていない、というか気にする余裕がない。

そんなふうに生きてゆければ楽なんじゃないですかね。自分が自分に集中しきっている状態。全力を出さざるを得ない状況を、本人が本人に与えてしまえばいいのに、と思う。本当に真剣なら悩む暇なんてないし、評価が割り込む隙間もない。他人事のように書いているけど、僕自身の話です。

著者について

西村佳哲

西村佳哲にしむら・よしあき
プランニング・ディレクター、働き方研究家
1964年東京都生まれ。リビングワールド代表。武蔵野美術大学卒。つくる・書く・教える、三種類の仕事をしている。建築分野を経て、ウェブサイトやミュージアム展示物、公共空間のメディアづくりなど、各種デザインプロジェクトの企画・制作ディレクションを重ねる。現在は、徳島県神山町で地域創生事業に関わる。京都工芸繊維大学 非常勤講師。

連載について

西村さんは、デザインの仕事をしながら、著書『自分の仕事をつくる』(晶文社)をはじめ多分野の方へのインタビューを通して、私たちが新しい世界と出会うチャンスを届けてくれています。それらから気づきをもらい、影響された方も多いと思います。西村さんは毎日どんな風景を見て、どんなことを考えているのだろう。そんな素朴な疑問を投げてみたところ、フォトエッセイの連載が始まりました。