山口由美
2019年03月13日更新
画 しゅんしゅん

一の六

虎造は遠くを見るような目で語り続けた。
「そのイギリス人の偉い先生が、どう言ったかは知りませんが、神風楼は、横浜が開港したばかりの頃から唯一、外国人が出入りを許された遊郭でね。その噂は海を越えて、広がっておったそうです。彼らは、ネクタリン・ナンバーナインと呼んでね、そりゃあ、夢の国のように憧れておったそうです」
「ネクタリン……」

祐司は、甘美な響きの館に想像を巡らせた。
「さよう。横浜に着くと、まずは何処に行くでもない、我先にと、クルマの車夫に命じて、昔のことですから人力車ですな、ネクタリン・ナンバーナインを目指したそうです」
「はあ……」
「外国人だけじゃない。伊藤博文公をご存じですか」
「初代首相の、あの伊藤博文ですか」
「伊藤さんも神風楼のご贔屓でした。あの頃、神風楼では、それは履き心地のいいスリッパがあったそうでね」
「スリッパですか」
「たかが、スリッパと馬鹿にしてはいけない。モースという大森で貝塚を発見した偉いアメリカ人の学者がおったでしょう」
「はい」
「モースは、帰国する時、日本の生活用品やら工芸品やら、珍しいもの、美しいものをどっさり国に持ち帰って、なんとかいう博物館に寄付したそうです。その中に神風楼のスリッパもあったと聞いております」
「モースのコレクションといえば、ボストン郊外のセーラムにあるピーボディー博物館ではないですか」
「ほう、お詳しいですな」
「アメリカ東海岸に留学していたことがありまして。その頃、セーラムの町を訪ねたことがあります」
「伊藤さんもいたくそのスリッパがお気に入りでね。ある時、それを懐に入れて、そのまま失敬しようとした。まあ、モースという外人さんも、同罪ですがね。はははは」

モースや伊藤博文が愛した神風楼のスリッパしゅんしゅん画

虎造は、大声でひとしきり笑った。

そして、祐司の前に顔をぬっと突き出して言った。
「伊藤さんは、タイミング悪く女将に見つかってしまったのです。伊藤さんもあろう方が、スリッパが欲しいなら、欲しいと言って下さればいいと、たしなめられたそうです」
「なかなかの女丈夫だったのですね」
「仙之助の最初の結婚相手ですよ」
「え? ヒサさんの前に、結婚していたのですか」

次回更新日 2019年3月18日

著者について

山口由美

山口由美やまぐち・ゆみ

1962年神奈川県箱根町生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。海外旅行とホテルの業界誌紙のフリーランス記者を経て作家活動に入る。主な著書に『アマン伝説 創業者エイドリアンゼッカとリゾート革命』『日本旅館進化論 星野リゾートと挑戦者たち』『熱帯建築家 ジェフリー・バワの冒険』など。

この小説について

著者・山口由美からのメッセージ
思えば、物書きになりたいと思った原点が、出自である富士屋ホテルの存在だったかもしれません。高校生の頃、母の従姉妹に当たる作家の曽野綾子に、このテーマは書かないでほしいと懇願した過去を恥ずかしく思い出します。彼女自身の処女作『遠来の客たち』の舞台もまた、富士屋ホテルでした。
そして最初の単行本『箱根富士屋ホテル物語』が生まれたのですが、本当に自分が書きたいものはまだ完成していない、という想いを長年持ってきました。
小説は2000年代前半に何篇か商業誌に発表したことはありますが、久々の挑戦になります。いろいろと熟考しましたが、ノンフィクションノベルというかたちが、最もふさわしいスタイルだと思うに至りました。物語の種は無限にある題材です。長い連載になるかもしれません。
おつきあい頂ければ幸いです。

住まいマガジン びお