まちの中の建築スケッチ

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池上本門寺五重塔
——大田区のランドマーク——

自分の住まいの地域にも目を向けてみたいと思った。大田区は東京23区の中でも広く、田園調布から羽田まで町の顔が実にさまざまである。そんな中で区のほぼ真ん中に、池上本門寺がある。数少ない観光スポットと言えるかもしれない。10月のお会式には、100万人近くの人出があるとも報じられている。
もよりの駅は池上線の池上か、都営地下鉄浅草線の終点西馬込。いずれも15分以上歩く。交通の便は必ずしも良いとはいえないが、馬込に住んでおり、五反田から川崎行きの頻繁なバスの便が使える。本門寺裏で下車すると、池上梅園がすぐである。
大田区立で、手入れも行き届いている。特別広いわけではないが、斜面に開花を始めた梅が気持ち良い。藤山愛一郎の茶室「聴雨庵」、伊東深水と川尻善治ゆかりの「清月庵」が移築再建されている。和室も池を配して、3棟が全体でおちついた構成になっている。障害者就労支援活動をやっている「色えんぴつ」の人たちが、小さなテントで甘酒サービスなどもやっている。ひと巡りしたあと、車でのアプローチの坂を上るとすぐに本門寺境内に入る。
大田区の北西部は、地形的に関東ロームに覆われた武蔵野台地を形成しているが、そのうち内川と呑川に削られた部分が荏原台で、その南端のところに本門寺が建っている。日蓮聖人は、身延山で病にかかり、その治癒のためにと茨城に向けて旅に出たものの、その途中の池上の地で入滅し、そこに開山されたのが起源だという。

本門寺 五重塔 まちの中の建築スケッチ

総門は低地にあり、96段の石段を上ると仁王門があり、正面に大堂、右手に五重塔がある。五重塔のまわりは墓地になっているが、有名な力道山や幸田露伴や大野伴睦も葬られている。関東一円では最古の、江戸初期の五重塔のようである。法隆寺や薬師寺の塔を見慣れた目には、ずんどうのタワーという感じがする。
五重塔は、地震では倒壊しないということが、武藤清が超高層の霞が関ビルの構造設計にあたって柔構造のヒントを与えたと言われているが、木組みが振動を減衰させる性質を与えるとともに、比較的堅固な地盤の上に、ゆっくり揺れる固有周期をもつという、まさに振動方程式の原理を形にしたものになっている。
この五重塔も何度かの修理を経ているというが、2002年には、5年かけた大修理を終えたばかり。そして、現代の建築工学でその構造特性を解明すべく、東京大学坂本功研究室で、その振動特性についての論文も発表されている。
台地のさらに南の端に、池上会館が建っており、そこから、塔周辺の足許あしもとは墓地であるが、緑に囲われた五重塔をスケッチした。池上会館の屋上には、展望台が設けられており、視野の開けた南を眺めると多摩川はまったく見えずに、大田区と川崎市が連続的に連なった現代の町並みを眺めることになる。昭和も初期のころまでは、馬の放牧場や畑が連なって、多摩の流れも見えたろうと、想像した。