移住できるかな

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憧れの、湧水の田んぼ

西本和美 移住できるかな

米作りや野菜作りがとても上手な叔母がいました。彼女が耕す段畑だんばたには湧水が注いでいます。研究熱心で、珍しい野菜を見つけては全国から種子を取り寄せ、誰よりも上手に育てます。ミズナスの爽やかさ、春摘みヨモギの餅、新米の力強く豊かな香り、ひとくち頬張ると思わず「ああ、美味しい」と声をあげてしまうほど。
その叔母は昨夏、泉下せんかの人となりました。いろいろ教えてほしかったなぁ……。人生は何事も、間に合わないことが多いと思うのです。

「うちの田んぼを譲りましょうか」。友人の友人が借家する大家さんからの、なんともありがたい話。
初冬のある日、風光明媚なJ町を訪ねます。お目当ての田んぼは、尾根筋の道沿いにある三日月形の一面。ここしばらく稲作は行なわれておらず地面が堅くなっているので、家を建てることも可能だとのこと。そこから段々と下まで棚田の広がる、とても眺めのいい土地です。
聞けば、ここは湧水の集落。飲料水も農業用水も、すべて湧水でまかなわれています。叔母の田んぼを思い出しました。いつかここで米作りをしたい、こんな美しい田んぼを潰して家など建てたら、きっと罰が当たるでしょう。

「最近は田畑の中に突然、家が建つわよ。規制が緩くなっているんじゃないの?」と友人。それはたぶん『集落の滲み出し』という特例です。農家の跡継ぎが家を建てる際、一定の条件をクリアすれば(集落に近接した農地であること、圃場ほじょう整備の後8年を経過していることなど)、農業委員会が特例として許可します。そしてこの「特例」は移住者(よそ者)には適用されません。移住地さがしを始めた当初、農業委員会に勤める従兄弟が教えてくれました。

そもそもの問題点は、私には農地を買う資格がないことです。繰り返しますが農地は農地法で守られており、買えるのは農業従事者だけ。オーナーが地目を変更(農地→宅地)すれば買えますが、当然、地価は高くなり、税金も高くなります。節税のために宅地を農地に変更することさえあるのです。

というわけで、私が理想とする「家のすぐ前から田畑の続く、昔ながらの小規模農家の構え」を手に入れる妥当な手段とは?
①まず隣接する田畑をもつ宅地を購入する。
②同時に田畑を借りる契約を結ぶ。
③そして将来、私が提出する営農計画書が認められた際は田畑を売ってもらえる確約をとっておく。

とまあ、こんな具合です。
             
万策尽きた私ですが、諦めるわけにはいきません。故郷の友人・知人たちも助力してくれます。無理せず気長にさがそう。もし間に合わなくても、それはそれで人生というものです。ね。

段畑とおばさん

在りし日の叔母の段畑。湧水の注ぐ上段で米を、その下段から野菜を作る。家族や親戚が食べる分だけの自給自足だった。残念なことに近年の圃場整備で平坦に均され、湧水は埋め立てられ、いまは耕す人もない。


荒れた畑

J町の尾根筋にある三日月形の田んぼ。湧水の注ぐ憧れの田んぼで、いつか米作りをしたい、と思う。

著者について

西本和美

西本和美にしもと・かずみ
編集者・ライター
1958年 大分県生まれ。武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒業。住まいマガジンびお編集顧問。主に国産材を用いた木造住宅や暮らし廻りの手仕事の道具に関心を寄せてきた。編集者として関わった雑誌は『CONFORT(1〜28号)』『チルチンびと(1〜12号)』『住む。(1〜50号)』。