ぐるり雑考

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手弁当の勉強会

ぐるり雑考

20代の中頃、知り合って間もないデザイナー氏に誘われて、情報技術に関する手弁当の勉強会に参加した。
世の中はちょうどインターネット前夜。大手新聞社の記者、編集者、テレビで見かける若手の文化人など、約10名が夜7時過ぎの虎ノ門の会議室に集まり、米国西海岸の最新レポートを聞きながら、これからの社会、コミュニケーション、知識や体験のあり方をめぐって楽しげに論じ合っている。

当時自分は会社勤め3〜4年目で、仕事がつまらなかったわけではないけれど、外の世界に触手をのばしていた。誘ってくれた彼は、台頭し始めたDTP(デスクトップ・パブリッシング)の先駆者の一人で、僕の「なにか探している」様子を感じて声を掛けてくれたのだと思う。

その部屋には追って日本の電子出版をリードしてゆく人物や、黎明期のバーチャルリアリティの研究者が集っていた。今から30年前だ。次の時代とその担い手たちはこんなふうに準備されてゆくんだな…と思い返すのはむろん後のことで、そのときは、ただ交わされる話題の一つひとつに心を奪われていた。

初めて聞く言葉も多いし、いちいち訊くことも出来ない(門前の小僧なので遠慮している)。くり返し出てくる単語の意味は文脈から推察する。その前にどんな話があり、後にどんな話がつづいているか。お兄ちゃんたちの会話に入っていきたいけど、受信で目一杯のザ・弟分状態。

しかし次第にお腹が減ってきた。弁当はいつ食べ始めるんだろう? そのタイミングが訪れる気配がまるで無い。この勉強会に参加したのは、初めて耳にする〝手弁当〟という言葉の響きによるところも大きかった。「手づくりじゃないとダメかな」「そこまで問われないだろう」など、さまざまな逡巡を経て当日を迎えていたのだ。

語りが一息ついたとき「お弁当はいつ食べるんですか?」と口を開いてみた。「…いつ食べてもいいですよ」と不思議そうな主催者。鞄から取り出して食べながら、再びみんなの話を聞いて。〝手弁当〟の意味が次第にわかってきたのは、最後まで誰も出さなかったから(弁当を)。言葉が獲得されてゆく手順とは、まあそんなものだろう。あれから歳を重ねた今も、似たようなことをくり返している気がする。

帰り道で、デザイナー氏が笑い転げていたのがいい思い出だ。仲良くなった。

著者について

西村佳哲

西村佳哲にしむら・よしあき
プランニング・ディレクター、働き方研究家
1964年東京都生まれ。リビングワールド代表。武蔵野美術大学卒。つくる・書く・教える、三種類の仕事をしている。建築分野を経て、ウェブサイトやミュージアム展示物、公共空間のメディアづくりなど、各種デザインプロジェクトの企画・制作ディレクションを重ねる。現在は、徳島県神山町で地域創生事業に関わる。京都工芸繊維大学 非常勤講師。

連載について

西村さんは、デザインの仕事をしながら、著書『自分の仕事をつくる』(晶文社)をはじめ多分野の方へのインタビューを通して、私たちが新しい世界と出会うチャンスを届けてくれています。それらから気づきをもらい、影響された方も多いと思います。西村さんは毎日どんな風景を見て、どんなことを考えているのだろう。そんな素朴な疑問を投げてみたところ、フォトエッセイの連載が始まりました。