びおの珠玉記事

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ハレの日の旬・ケの日の旬
「鯖」
大衆魚でもあり、高級魚でもあり。

※リニューアルする前の住まいマガジンびおから珠玉記事を再掲載しました。
(2009年11月22日の過去記事より再掲載)

真鯖

鯖の種類と漁獲傾向

今、鯖は年中手に入ります。でも、鯖にもちゃんと旬があります。真鯖(マサバ)の旬は秋。「秋鯖は嫁に食わすな」などという言葉もあります。これは美味しいものを食べさせない嫁イジメなのか、あるいは秋鯖は産卵を終え、卵をもっていないことから子宝に恵まれないとか、傷みやすい鯖を食べさせないための配慮だとか、いろいろな説があります。こうした言葉もあるように、鯖は本来、秋が旬なのです。

もっとも、秋が旬なのは先にも述べた真鯖で、春から夏にかけては、胡麻鯖(ゴマサバ)が出回ります。こうしたわけで年中「鯖」が出回っているように思えます。
ところが、元来日本人にもっともなじみの深かった「真鯖」は、実は食卓に上る機会が激減しているのはご存じでしょうか。
真鯖の水揚げ
太平洋群の真鯖は、ピーク時の1978年には147万トンの漁獲がありましたが、稚魚まで捕獲してしまうため資源状態が悪化し、1990年には2万トンまで落ち込みました。その後若干回復しましたが、現在は10万トンに満たない状況です。
現在は、海洋生物資源の保存及び管理に関する法律(TAC法)に基づく漁獲可能量が制限されています。また、水産庁の「マサバ太平洋系資源回復計画」では、数年間隔で稚魚が大量発生する真鯖の特性を利用し、当面は大中まき網漁業を休漁させ、資源回復をめざすとしています。

とれなくなった真鯖の代わりに食べられているのはノルウェー産の「タイセイヨウサバ」であることが多いのです。
タイセイヨウサバは、真鯖に比べるとハッキリした模様で、脂も多く、真鯖とは違う食味なのですが、昨今は脂の多い魚が好まれることもあってか、日本市場でサバといえば、タイセイヨウサバを指すぐらいに一般的になりました。本来真鯖をつかっていたはずの日本海側の焼き鯖をつかった駅弁なども、いまではこのタイセイヨウサバを使っているものもあります。

タイセイヨウサバ

タイセイヨウサバ


真鯖が減ってしまった理由は、ひとくちにいえば、我々の「食い過ぎ」です。一方で、小型の鯖や稚魚は市場に流通できず、浜値(漁師が売る値段)は5尾で10円にもならないこともあるといいます。400g以上なければ市場に流通できず、とれた鯖は飼料などにつかわれています。小さいから商品価値がなく、そしてそのかわりに(似ているから)大西洋から鯖をとってくる。稚魚もとってしまうから資源量が減ってしまう。鯖をめぐる昨今の状況は、日本の食糧事情の縮図といえるのではないでしょうか。

鯖マップと、鯖の食べ方

今回の旬ナビマップは「鯖の消費量」。
鯖の消費量マップ
たとえば千葉県銚子港では鯖の水揚げは多いのですが、千葉周辺では比較的鯖の消費が少ないのですが、これは水揚げの多くが、市場に流通出来ない小型のものだから、ということも関連しているかもしれません。鯖を好むのは、西日本、日本海側の傾向が見られるようです。九州では鯖の刺身を食べる習慣が一般的といわれていますが、鯖は傷みやすく、刺身では食べない地方も多く、こうした食文化の違いもあるのでしょうか。
一般的には、酢締めや味噌煮で食べられることが多いようです。


北前線の寄港地で、最近ではオバマ米大統領の就任で思わぬ注目を浴びた若狭・「小浜(おばま)」は、古くから京都に物資を運ぶ拠点となっていました。ここで水揚げされた鯖は、一塩され京都に運ばれました。物資だけでなく、文化の交流も支えたこの道を「鯖街道」と呼ぶようになりました。輸送の間にちょうどよい塩加減になったといわれています。また、奈良県・吉野の名物に締め鯖を柿の葉っぱでつつんだ柿の葉寿司がありますが、これも和歌山・熊野でとれた鯖を運んだといわれています。

マップで見る限りは、今は、鯖街道で鯖が運ばれることは減ってしまったようにも思えます。現代の鯖街道は、空路でノルウェーとつながっているのかもしれません。

鯖の生き腐れ

鯖は生きているうちから腐る「生き腐れ」といわれるほど、傷むのがはやい魚です。
「死後硬直」という言葉は、2時間ドラマや推理小説の世界のようですが、魚にも起こります。死後硬直の後、筋肉の主成分のタンパク質などがアミノ酸に変化し、筋肉組織に変化が起きます。これを自己消化といいます。鯖はこの自己消化が早いため、外側から見るときれいでも、身はどろどろという、「生き腐れ」になってしまうわけです。

古くから、これを避けるために、塩漬け、味噌漬け、酢漬けなどが行われてきました。
また、一方で鯖にはアニサキスという寄生虫がつくこともあります。この寄生虫がもとになるアニサキス症は、先日亡くなった俳優の森重久弥さんが、かつて公演中に発症して話題になったこともあります。森重さんはバッテラ(鯖の押し寿司)が原因だったとか。アニサキスは熱には弱いのですが、酢では死なないため、こういうこともあるようです。

こうして見ると、鯖にはリスクばかりがあるようですが、アニサキスは主に外洋の回遊中につくため、根付き(磯にすみ、遠くへ移動しない)の魚にはつきにくいとされています。刺身で食べるケースでは、根付きの魚を釣り上げたものが多いため、比較的心配は少ないといわれています。また、イノシン酸、グルタミン酸などのうまみ成分が多く含まれるため、独特の味の良さがあり、EPA、DHAなどの不飽和脂肪酸はコレステロール値を下げたり、脳を活性化させたりという効果があります。血合いの部分には鉄やビタミンBが多く含まれ、栄養面でもすばらしい魚といえるでしょう。

鯖にまつわる言葉

日本人は古くから鯖に親しみ、鯖にまつわる言葉も有名です。

「鯖を読む」
鯖を読む、というのは、数字をごまかす意味で使われます。
鯖は傷みやすく、水揚げ時にいちいち数を数えているとどんどん傷んでしまうことから、目分量で数えたところから発祥しています。

「鯖雲」
鯖雲または巻積雲
正式には巻積雲(けんせきうん)という名で、小さな雲片が群れた状態で、魚の鱗のようなので、うろこ雲、いわし雲とよぶこともあります。台風が近づくと多くなり、秋の季語にもなっています。

「鯖折り」
相撲の決まり手にある「鯖折り」。外側から相手の腰を両まわしで引きつけて、上からのしかかるようにして相手の腰を下につぶしてひざをつかせる大技です。膝や腰に負担がかかり、相撲の決まり手の中で最も危険な技ともいわれています。
鯖は傷みやすいため、鮮度を保つために、冷蔵技術が発達していなかった時代には、釣り上げたらすぐに首を折って血抜きをしていました。「鯖折り」は、技をかけられた力士が、この首を折られた鯖のように見えることからついた名称です。

余談ですが、インターネットで「鯖」を検索すると、出てくるのは「サーバー」を意味する隠語の「鯖」ばかり。知らないとまったく意味が通じませんが、「自鯖」といえば、自宅にあるサーバー。「米鯖」はアメリカに設置されているサーバー。これは魚の鯖とは関係ありません。

そうそう、猫の模様でも「鯖虎(さばとら)」というのがありますね。
サバトラ猫の模様
鯖トラ猫

高級魚・鯖

関鯖のお造り
鯖はかつて大衆魚の代表のような魚でしたが、前述のように真鯖の漁獲量が激減し、今ではもはや高級魚としてとらえたほうがよいかもしれません。大分・佐賀関の「関鯖」は、その代表ともいえるブランドです。

佐賀関と四国・佐田岬との海峡は、海流が南北を往復し、風がなくても海面に白波があがるほどだといわれています。海流の境目(潮目)には、餌になるプランクトンなどが多く、鯖にとっても絶好の餌場です。このため、本来は回遊魚である鯖が、そこに根付いてしまうのです。とはいえ、この海域は水温に南北差があり、流れも強いため、餌は多くても、魚にとっては過酷な場所でもあります。そこで育った鯖を、一本釣りで釣り上げ、きちんと血抜きをしたものが「関鯖」のブランドで流通します。

地域ブランドの鯖としては、三浦半島の「松和鯖」も有名です。どちらも根付きの鯖を一本釣りして、きちんと血抜き処理をしたもの。一般に流通している鯖は、巻き網でとり、野締め(そのまま自然死したもの)のものがほとんどですが、それらとははまったく違います。値段も通常の真鯖の10倍以上もするもの(写真の通信販売では1万円ほど!)ですが、一度は食べたいものですね。

ところが、関鯖も、巻き網漁による乱獲で漁獲が激減しているそうです。巻き網でとったものは「関鯖」にはならないはずですが、佐賀関で揚がった、というだけで値段が高くなる傾向があり、乱獲が続いているようです。太平洋の鯖と同じ運命を、関鯖もたどってしまうのでしょうか。消費者が珍重しすぎるから、漁業者もそれに対応しようとするわけですから、これは漁業者が悪いというより、消費側の問題として考えるべきことかもしれません。

鯖雲写真 wikipediaより Some Rights Reserved
鯖漁獲写真/味噌煮写真 photolibraryより