びおの珠玉記事

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上質なホテルに泊まりました。

木村伊兵衛の写真のようなホテリ

建築家・益子義弘さんが設計した会津裏磐梯ばんだいのホテリアアルト

ホテリ・アアルトの暖炉

暖炉 ダイニングの真ん中にあります。


このホテリ(フィンランドではホテルのことを、こう呼ぶそうです。どこか北欧のホテルに似ているので「ホテリ」と名付けられました)は、建築家の益子義弘さんが設計しました。
益子さんは、「びお」にイラストを描いていただいている建築家であり、住宅設計の名人として知られる建築家です。

益子さんの住宅設計には、奇抜さや派手さはありません。けれども、そこにいると何とも居心地がよくて、いつまでも離れがたいものを感じさせてくれます。それは何故なのか?
木村伊兵衛という写真家がいました。
演出のない自然な写真を撮ることに定評があり、スナップの名人といわれました。伊兵衛のストリートスナップは、深追いなしのワンショットなのに、いつもこれしかないという表現になっていて、誰にも撮れそうだけれど、誰にも撮れない写真だといわれました。

ホテリアアルトの場合も作為がないように見えて、実は奥深いところにちゃんと作為がある、撮影者の目が働いている、そんな木村伊兵衛の写真と益子義弘さんの仕事が、どこか似ているように思いました。このことは、ずっと前から思っていたことでしたが、このホテリに泊まって、ぼくはそれを確信するに至りました。

ホテリはある意味、非日常のものです。このホテリも、決して日常的な建物とはいえません。いつもの益子さんの住宅と比較しても、スケールがやはり違います。けれども、こういう建物に包まれて、毎日を過ごせたらいいだろうなと思わせてくれて、その意味で、気持ちの奥の方で、ほんとうに得たいと思っている日常がそこにあります。
設計者は、非日常を追うと、どこか奇抜さや派手さに向います。しかしこの建物は、少しも奇をてらうことなく、そうなることを神経質にまで拒否しているようです。「俗」が入り込むことを両手で押し返していて、その遠心力によって益子義弘は、一見日常的に見えて、奥深いところで非日常をつくり出しているのです。
そこに益子さんの真骨頂があると、ぼくには思われたのでした。

そんなホテリが、会津裏磐梯に生れました。
宿泊料は、普段安宿ばかりに泊まっている身からすると、かなり高いように思われますが、稀に見る上質の建物と、一泊二食付・源泉かけ流しの温泉付ということを考えると、むしろ安いといってよいと思います。

暖炉を支える台座の石

ホテリアアルトのリーフレットには「五色沼湖沼群の中のふたつの美しい沼と森に囲まれてそのホテルは建っています」と書かれています。
五色沼ごしきぬまは、磐梯山の火山活動で形成された大小数十の湖沼群の総称です。
この湖沼群は、1888年(明治21年)の大噴火によって生れたもので、その大噴火によって飛んできた溶岩がホテリ敷地内の散歩道にもゴロゴロしています。
ホテリの標高は、海抜800m。国立公園内にある敷地の広さは、22,314,15m²。二つのエメラルド・グリーンの沼があって、この湖を巡る散歩道があります。
沼と沼のあいだに小高い丘があって、そこに登ってみました。アルミ製のテーブルと二つの椅子が置かれていました。坐ろうと思いましたが朝露で濡れていたので諦めました。
この小高い丘から下を見ると、あちらこちらに黒ずんだ岩が散らばっています。百年以上前に磐梯山から飛んできて、動くことなく、そこにずっと佇んでいる石です。

岩が根に龍瞻つるりんどうが咲けり露しぐれ

裏磐梯をしばしば訪れた俳人水原秋桜子の句です。
このホテリの散歩道の岩が根にも、可憐な竜胆りんどうの花が咲いていました。自生種の竜胆のうち、幾つかのものが絶滅危惧種になっているそうですが、どれが絶滅危惧種でどれがそうでないのか、ぼくには見分けがつきません。しかし、岩が根にしっかり張りついて花を咲かせている竜胆を見ていると、そう簡単には根絶やしされないぞ、と主張しているようで、この小さな花が頼もしく思われました。
秋桜子の句碑が五色沼にあることをガイドブックで知っていましたが、この句も、秋桜子の自然写生の見事さを示すもので、裏磐梯をよく表している句だと思いました。
ホテリアアルトのダイニングにある暖炉の台座は、磐梯山の大噴火によって飛んできた四つの溶岩石が用いられています。地面に突き刺さった溶岩は黒ずんでいて、支配人の蔵谷学さんにお聞きしましたら、それを洗い落とすのにひどく手間が掛かったそうです。
端正な表情を持つダイニングにあって、洗い落とされた四つの石には、今も荒ぶるような息づかいが感じられます。噴火から生まれた石であることを表して余りあるものがあり、暖炉の炎が立ちのぼると、それがシルエットを描きました。それはまるで、夕陽に照らされた岳稜がんりょうのようでありました。

オーベルジュなホテリ

ホテリアアルト談話室

談話室


暖炉の火を囲んで食事をいただくのですが、これがいいのですね。
窓の外には、暮色に包まれた深い緑がありました。暖炉の炎があり、白熱灯がガラス窓とテーブルとを照らし、そこに料理が運ばれてきます。
北欧デザインの照明

談話室 (照明の写真)


ずいぶん前になりますが、フランスのレマン湖畔の山の上にあるオーベルジュに泊まったことがあります。地の食材である山鳥がそこのメイン料理でした。ほかの食材も、その日、近くの山で採取してきたであろう野菜やキノコが用いられ、絶妙のソースが、それを三ツ星レストランへと高めていました。
ホテリアアルトの場合も、地の食材が豊富に用いられていました。
会津17町村で採れる天地の恵みの「お福分け」、会津の米と伝統野菜と果実・会津牛と地鶏・天然の姫鱒など……。ダイニングの入口には、その日に用いられる野菜が並べられています。食器も会津漆器や本郷焼が用いられていて、すべてが〈身土不二〉なのですね。
殊に、会津牛ステーキ・ソースの胡麻味噌の味が抜群でした。
芝生の中庭

ダイニングと中庭を望む


夕食は、会津若松にあるばんだい東洋建設の相原清司さんと一緒に取りました。会津若松から車で来られました。翌朝、仕事があるということで泊まることは出来ませんでしたが、ここの食事は、相原さんにとって驚きのようでした。
ホテリ・アアルトの外観

中庭から本館をのぞむ


相原さんにとって、用いられている食材は、かなり厳選されているものとはいえ、決して珍しいものではありません。前に相原さんに招待されて、会津若松で名高い郷土料理屋に行ったことがありますが、幾つかの食材は、そこで用いられていました。
違うのは調理でした。地元の新鮮な食材はおいしい、という説が流布していますが、それは俗説であって、新鮮なことが大事な食材もあれば、寝かせた方が、味がよくなる食材もあります。それらをバランスよく選び、おいしく調理することがなければなりません。
バスクのサンセバスティアンにある、伝説の料理人ファン・マリ・アルサックのレストランに行ったことがあります。
バスクは海の幸も山の幸も豊富で、どの店に入っても裏切られることはありませんでした。しかし、その名人による料理は、やはり格別なものがあって、口の中でふわ~っと広がる豊かさがありました。大げさに感じられるかも知れませんが、脳髄までとろけるのではないかと思われました。

調理人が、どこまで本気でやっているかは、その料理に正直に現れます。それは、恐いほどに正直です。食べることは、個体差があり、またデリケートなものです。量は多過ぎても少なくても不満で、味も濃すぎても薄くても不満です。ホドの良い状態は、要するに気遣いとセンス・オブ・プロポーションがものをいいます。このホテリのレストランには、この気遣いとセンス・オブ・プロポーションがありました。
こういうオーベルジュなレストラン&ホテリが、都市ではなくて、裏磐梯にあることが、ぼくにはとても贅沢なことのように思われましたが、ここにいう贅沢さは、決して豪華であることを意味しません。もっと深いものです。

お風呂のこと

高原グルメのホテルの温泉

お風呂


磐梯山は、今も地底で生きています。磐梯山は、数万年前からの活火山なのです。温泉は、その恵みです。
敷地内に源泉があり、やや黄色味を帯びた50℃のお湯が、地下545mの地底から毎分101Lも、滾々こんこんと湧き出ています。加水・加温することなく、源泉かけ流しです。
源泉かけ流しの温泉

源泉かけ流しの絶景温泉


このお風呂の設計には、益子さんのリキが入っていると見ました。細部まで神経が行き届いていて、とても贅沢な木のお風呂です。
夕方に入り、夜遅く入り、朝にまた入りました。入るたびに印象が異なります。内湯に入り、露天風呂(寝湯があります)に入り、ということで、入浴の仕方はほぼ同じなのですが、お風呂の外の自然が、刻々と違う表情を見せるため印象が異なったのです。
黄昏時に入ったときには、外の緑が濃く、深く感じられました。

夜遅く入ったときには、雨が降っていました。漆黒の闇が恐いように感じられました。でも、お風呂から出てきたら、通路にリラックス・ドリンクが置かれていて、シャンパンやビール、ワインやカクテル、牛乳やお茶などが飲めます。風呂あがりの一杯は格別で、すっかり闇の恐さは吹っ飛びました。
朝方に入ったときには、朝靄が立ち込めていました。やがて朝靄が上昇して消えると、緑の木立が現れ、その向こうに瑠璃るり色の小さな池が現れました。

HOTELI aaltoのエントランス

エントランス

寝室(部屋)のこと
――このホテリで開きたいセミナーに触れて

ホテリ・アアルト個室

個室

部屋は全部で13室あります。部屋のデザインは一室一室異なります。このホテリは築40年(2009年当時)の建物で、百貨店の伊勢丹の保養施設として建てられたものを、リノベーションしたものです。
元の建物のアルバムがフロントに置かれていて、それを見ましたが、まったく違う建物に変化していました。それでも、変えるわけには行かない構造と、部屋割りが残りました。一室一室異なる部屋の設計は、このリユースの制約によります。
建築をなりわいとするものにとっては、元のものと、新しいものとの比較は、生きた教材です。このホテリに泊まって、町の工務店ネットの工務店や、若い設計者を対象にした建築セミナーを開いたらどうか、と頭に浮かびました。支配人の蔵谷学さんにお聞きしたら、歓迎するということでした。
建築のイベント企画から見ると、3F客室の床材に会津金山町の桐が利用されていますし、材料的に見るべきものがたくさんあります。何といっても、13室の部屋で繰り広げられる設計そのものが、工務店や若い設計者にとっては魅力的です。

各部屋は、ヒューマン・スケールのもので、手すりの高さ、天井高と開口部の関係など、泊まって、ゆっくり調べあげたいものです。上質の建物を肴にして一杯やるのは、建築従事者にとって、この上ない歓びありますので……。

一般読者には、突然、闖入者ちんにゅうしゃが入ってきた感じで失礼な話ですが、専門家が建築的にワクワクする建物だとすれば、そう悪い話ではないと思いますが、いかがでしょうか。
部屋から、北側は安達太良あだたら山系、南側は磐梯山が眺めることができます。
また、各部屋にはポストが設けられていて、夜食やドリンクなどは、そこに納められます。ホテル的には、ベッドは身体の凹凸や体圧を感知する最先端のマットレスが用いられ、シーツには高価なエジプト綿が用いられています。このような行き届いた神経に、このホテリが持つ上質さを感じました。

上質なベット周り

エジプト綿のシーツ

北欧の森の様な庭

湖沼をのぞむ小高い丘


ホテリアアルトは、もうすぐ錦秋を迎えます。裏磐梯が、一年で一番美しい季節に是非どうぞ。ご予約はお早めに。

http://www.hotelliaalto.com
〒969-2701
福島県耶麻郡北塩原村
大字檜原字大府平1073-153
Tel 0241-23-5100
Fax 0241-23-5101

※リニューアルする前の住まいマガジンびおから珠玉記事を再掲載しました。
(2009年09月08日の過去記事より再掲載)

著者について

小池一三

小池一三こいけ・いちぞう
1946年京都市生まれ。一般社団法人町の工務店ネット代表/手の物語有限会社代表取締役。住まいマガジン「びお」編集人。1987年にOMソーラー協会を設立し、パッシブソーラーの普及に尽力。その功績により、「愛・地球博」で「地球を愛する世界の100人」に選ばれる。「近くの山の木で家をつくる運動」の提唱者・宣言起草者として知られる。雑誌『チルチンびと』『住む。』などを創刊し、編集人を務める。

連載について

住まいマガジンびおが2017年10月1日にリニューアルする前の、住まい新聞びお時代の珠玉記事を再掲載します。