ぐるり雑考

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大埜地の集合住宅・その3

西村佳哲

(つづき)最後に設計者というか、設計と工事をつなぐ、二人の若い女性の話を。

神山はこの十数年、財政の健全化につとめてきた中山間部の町で、積極的に箱物をつくってこなかった分、土木以外の工事経験がそれほど豊かでない。しかし今回は、解体ガラの活用(前々回参照)をはじめ、まだあまり一般的でないやり方を多々試みるプロジェクトになる。

設計側にとっても定型的な案件ではないので、建材や人や土地に触りながら、いわば粘土造形のようにつくってゆくことになる。しかしランドスケープデザインの田瀬理夫さんも、建築設計の山田貴宏さんも、事務所は東京なので、頑張って週1ペースで定例会議を持ったところで現場は破綻するだろう。

そこで、設計期間は東京で一緒に働き、工事が始まったら神山で暮らしながら常駐で設計・監理をおこなう職能拡張的なメンバーが必要だね、という話になった。設計者と役場と、大工さんなどの工事関係者、ときには高校生との間もつないで、その全体を有機的な生き物のようにしてゆく役割。こう書くと大変だな…。

そんな人をどう探せばいい? 現場監督あがりの人がいいか、など話し合ったものの焦点は絞れず。思い切って2泊3日の募集イベントを開いてみたところ(*)全国から十数名の希望者が集まり、その中にいた3名に出会うことが出来た。「そうだ、こういう人たちだよ」とその場で見えてきた。

当時、一人は大手の組織設計事務所勤め。一人は著名建築家のアトリエ勤務。一人は関西の小さな設計事務所で働いて、次の場所を探していた。みんな若くてまだ30歳前後の女性。冒険的。
神山には今年20年目をむかえる国際アーティスト・イン・レジデンスのプログラムがあり、滞在制作の文化が育まれている。彼女たちは「レジデント」の愛称で呼ばれるようになった。

大埜地の集合住宅

(写真が『進撃の巨人』みたいですが)その一人は設計期間の終わり頃から産休に入った。残りの二人が昨年から、神山で暮らしながら、現場横の設計事務所で本当によく働いている。
いま第一期工事の外構・植栽が終わりつつあり、併行して第二期工事が始まったところ。名前は吉田さんと池辺さん。土木的なことや外構工事は専門外だが、ランドスケープ担当が休みなので、基盤整備工事の監理もその二人が手がけてきた。

先日ひと仕事終えた土木業者さんとの対談があり、そのテープ起こしの中で見かけた彼女等の言葉に感じるものがあったので、1箇所だけ引用したい。

「現場は最初、『土木わかっとるんか?』と問われるところから始まって(笑)。その彼らが『こうだよ』と言うことと、東京の田瀬さんたちが『こうじゃない』と言うことの間で、どう調整するかっていうときに、勉強するしかない。
設計側もやったことのないことに挑戦してるわけです。やりながらベストにしなきゃいけないプロジェクトで。誰にも頼れない。どちらの経験も正しいかもしれないので、純粋に勉強して、ロジカルに考えていくしかない。その判断が面白かった。
〝下手なこと言うのはやめよう〟って。自分の経験の中で、適当に判断するのがいちばん罪だなって、最近、あらためて学んだんです。」

本当にそうだな…って。自分の限られた経験や、聞きかじった話をもとに「こうじゃないかな」と感覚的に述べている場合じゃない、強度を求められる現場に彼女たちはいる。そしてそこでの体験を楽しんでいるというか、よく噛んで味わっているんだなと、しみじみ眩しくて。

開発期間は4年。工事も入居もつづきます。

大埜地の集合住宅

プランスケッチ

*地域性を表現する公営住宅づくり、協働設計者の募集(イン神山)
https://www.in-kamiyama.jp/diary/17879/

著者について

西村佳哲

西村佳哲にしむら・よしあき
プランニング・ディレクター、働き方研究家
1964年東京都生まれ。リビングワールド代表。武蔵野美術大学卒。つくる・書く・教える、三種類の仕事をしている。建築分野を経て、ウェブサイトやミュージアム展示物、公共空間のメディアづくりなど、各種デザインプロジェクトの企画・制作ディレクションを重ねる。現在は、徳島県神山町で地域創生事業に関わる。多摩美術大学、京都工芸繊維大学 非常勤講師。

連載について

西村さんは、デザインの仕事をしながら、著書『自分の仕事をつくる』(晶文社)をはじめ多分野の方へのインタビューを通して、私たちが新しい世界と出会うチャンスを届けてくれています。それらから気づきをもらい、影響された方も多いと思います。西村さんは毎日どんな風景を見て、どんなことを考えているのだろう。そんな素朴な疑問を投げてみたところ、フォトエッセイの連載が始まりました。