ぐるり雑考

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大埜地の集合住宅・その1

西村佳哲

神山で2棟の住宅が竣工した。今日から4組の家族が暮らし始める。「大埜地おのじ」という地区の、元学生寮の敷地。これから4年かけて、最終的には20戸の集合住宅になる。その第一期工事が終了し、いよいよ生活が始まろうとしている。

大埜地 集合住宅
大埜地 集合住宅

第一期の住戸には、地元出身で実家がすぐ近くの若い夫婦、数年町で働き徳島で結婚した夫婦、大阪と鎌倉から越してきた2組の夫婦と、それぞれの子どもたちが入居する。町営の賃貸住宅です。

デザイン的には尖ったところのない穏やかなものに見えると思う。が、いろいろあるので少し解説すると、まず駐車場が一辺に集まっていて各戸ごとにはない。これは都市部と違い車社会で、どの家もほぼ2台以上の車を持つ中山間地では「信じられない」と叱られそうな仕様だけど、町は「子どもが安心して遊べる空間」を優先した。

大埜地 集合住宅 駐車場

写真はアメリカのデイビス市にある「ミュアコモンズ」という住宅地。ここも同じく車のための空間を集約化し、内側に広くて安全な緑地、菜園、各戸の小庭の連なりをつくっている。
道路向かい側の典型的なアメリカの戸建て住宅には、一戸づつガレージが付いていて、前庭があり、独立したバックヤードがある。それが悪いわけではないけれど、ミュアコモンズは車より子どもに空間を明け渡し、あと住民同士の何気ない接点が生じやすいプランを選択しているわけだ。こうしたつくりが、なににどうつながってゆくのかは、神山の大人も子どもたちも、このあと時間をかけて体験してゆくんだろう。

初期プランでは川側の緑地にも駐車スペースが設けられていた。が、「川までひとつながりの空間で、子どもが自由に遊べる方がいい。駐車場は事故も多いのでそこには置かず、川沿いをひとの空間にしないか」と町長が語り、設計チームも賛同。費用の持ち出し覚悟で、既に作成していた多数の図面を描き直していった時期があった。

大埜地 集合住宅 駐車場

神山町はこの開発で複数のあたらしい試みに取り組んでいるのだけど、その一つに「解体ガラの再利用」がある。
ここには以前、町内の中学生の学生寮が建っていた。が、利用者の減少にともない閉寮。最新の耐震基準を満たしていないため活用も難しかったそうだ。

大埜地 集合住宅 解体ガラの再利用

そのコンクリート造の建物を撤去して、住宅地にする。アスベストなどの処理を行ったのち解体が始まったわけだけど、通常なら産業廃棄物として運び出される大量のコンクリートガラは、敷地に持ち込んだ破砕機でその場で建材化された。その基本設計と指導にあたったのは、ランドスケープデザイナーの田瀬理夫さん。

破砕ガラは9種類の粒度に分けて山積みに。2017~18年の一冬を通じ、その山を少しづつ崩しながら基盤整備工事が進んだ。地盤のかさ上げをしたり、排水トレンチや集水層をつくったり。ガラはあますところなく使われた。こんなことが本当に出来るんだな。
その様子は映像にもまとめられていて面白い。工事を担当した町の土木業者さんたちも、最初は「え?」と思いつつ、実は面白かったんじゃないか。(面白いの一言で済まないご苦労があるとは思いますが)

大埜地 集合住宅 土木業者さん
神山つなぷろ #19 解体から造成まで
[集合住宅プロジェクト・その6]

そんな基盤整備が終わり、つづいて春から始まった建築工事がいよいよ竣工間近というわけ。

僕は2年半前に初期構想に携わり、プロジェクトが走り出してからは伴走者としてかかわってきた。この仕事の中では、これまであたり前だったことが、出来る限りイチから見直され組み直されている。自分を含む無数の大人が、「本人もはじめてのこと」に一所懸命取り組んでいる。
「これって素晴らしい教育資源なんじゃないか!(地域の子どもたちにとって)」と思うのだけど、触れてみたい話の多い千夜一夜プロジェクトなんです。あと2本、書かせてください。
(つづく)

著者について

西村佳哲

西村佳哲にしむら・よしあき
プランニング・ディレクター、働き方研究家
1964年東京都生まれ。リビングワールド代表。武蔵野美術大学卒。つくる・書く・教える、三種類の仕事をしている。建築分野を経て、ウェブサイトやミュージアム展示物、公共空間のメディアづくりなど、各種デザインプロジェクトの企画・制作ディレクションを重ねる。現在は、徳島県神山町で地域創生事業に関わる。多摩美術大学、京都工芸繊維大学 非常勤講師。

連載について

西村さんは、デザインの仕事をしながら、著書『自分の仕事をつくる』(晶文社)をはじめ多分野の方へのインタビューを通して、私たちが新しい世界と出会うチャンスを届けてくれています。それらから気づきをもらい、影響された方も多いと思います。西村さんは毎日どんな風景を見て、どんなことを考えているのだろう。そんな素朴な疑問を投げてみたところ、フォトエッセイの連載が始まりました。