移住できるかな

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田舎の土地、こもごも

西本和美 移住できるかな

しばらく距離をおくことにしたB町ですが、ご縁は切れません。地震前に地元の友人を介して知り合った人々が居るからです。安心安全な野菜を作る若夫婦、竹細工師の家族、店舗経営の傍ら新規就農した夫妻、皆さんいわゆる移住組。参考になる話をたくさん聞きました。
もともとB町は農業が盛んで、一軒の農家が所有する土地は広大。新規就農した夫妻は、一軒分まるごと6000坪の田畑に加えて山林まで購入。田畑だけで私の限界目標(600坪)の10倍です。農地を取得するには農業委員会に営農計画書を提出します。
段々畑の野道を登ると、一段ごとに野菜や果樹・花木を植え分け、天辺の清流では米作り。振り返ると近く遠くに緑の山々。ここは北向きの斜面なので、目の前に広がる景色は明るい順光の南斜面です。
「本気で農業したいなら北斜面は不利だけど、楽しむ農業なら北斜面からの眺めは素晴らしい。あなたはどっち?」と夫妻。専業農家で生計を立てるのは難しい時代。もちろん私は楽しむ方だが「眺めのいい北斜面」と「陽当たりのいい南斜面」、どっちにしよう?

実はずいぶん前に、地元の工務店を訪ねていました。地場産材による木造を得意とし、親自然的な建築技術に明るく、不動産部があり土地の相談もできます。
私の要望を踏まえて、C町の6カ所を案内してもらいました。道路からのアクセス、電気・上下水道などインフラ整備の状態、水利権の問題。遠くから電気・水道を引けば高くつくし、水利権はときに理不尽な要求をされ、得られない場合もあります。
驚いたのは田舎の土地の不確定要素の多さ。まっさらな分譲地とは違います。「相続権をもつ子供の許可が必要」、「まず借家して、畑は交渉次第」、「倉庫は隣家に貸しており、すぐには使えない」など。そうした課題を一つひとつ確認し、交渉しなくてはなりません。売る側にしてみれば初対面の余所者を信用できるわけもなく、やむを得ないこともあるでしょう。
「手始めに、信頼できる地主さんの土地をご案内しました。これからゆっくり考えてください」と工務店さん。

地元の工務店に案内されてC町へ。山頂の神社から眺める美しい風景、このどこかにいつか立つ我が家を夢想する。

その後は、知人の紹介、友人の親戚、田舎暮らしの不動産屋、噂を聞いたという土木工事会社など、多方面から売買の話が来ます。それらの土地の課題はさまざま。たとえば、主が急逝して犬・猫・イノシシが残された家。一部が不法占拠された家付きの土地。土木工事会社は、すぐに手付け金を打てば安くすると急かします。
そんなある日、D町の入会地(集落で共有管理する森林)に遊びに行きました。昔は薪炭を得る大切な森林でしたが、人口減少と老齢化で集落の重荷となり、一部を売却。幸いなことに新しいオーナーさんは、仲間らと協力して整備し、環境教育の場として地域の子供たちを受け入れているそうです。
ホダ木のコマ打ちに汗を流し、バーベキューを楽しんだ後、オーナーさんから「近くで売りに出される家がある、見に行ってみましょう」と誘われました。
東南東向きの斜面の頂上にある広い敷地、外流しには湧水が流れています。母屋と隠居所、蔵・牛小屋・乾燥小屋など、手広く営農していた往時の栄華が見てとれる。母屋の玄関から声を掛けると、ほの暗い奥の間から老婆が現れ、「いつもお世話になって申し訳ありません」と深々頭を下げます。子供は県外に出て一人住まい。心配した子供に度々、この家を出て一緒に住もうと促されているそうです。親孝行の子供さんで幸せだなぁと思うのですが、老婆は「私で……ここはもう終わりです」と声を詰まらせます。目を赤くして両手を畳につく姿は、切なく悲しい。代々守ってきた家屋敷を出る、その胸の痛みは余所者には分かりません。売買交渉を始める気にはなれませんでした。