キューバ中部に位置する小さな街・レメディオスに住む夫婦のキッチン

世界のキッチン おじゃまします! 
配給制度が残る国・キューバで見た6つのキッチン

キッチンは個人の料理の好き・嫌いに関わらず、必ずと言っていいほど家の中にある。どんなに小さい居住空間でもキッチンは欠かすことのできない存在だ。このキッチンに付随する炊事機能は世界共通だが、国が変われば料理が変わり、それに従って設えや暮らしのなかでの立ち位置も異なるのではないだろうか。その国の暮らしをキッチンから覗いてみようと思い、最初は社会主義国・キューバで取材することにした。現地で思わぬ縁がつながり取材した「6つのキッチン」から見えてきたのは、キューバの人びとの、小さい空間を上手に工夫して使う柔軟さと物がなくても自分たちで発明してしまう賢明さ、そして料理がキューバの人にとって非常に日常的な行為ということだった。

文・写真=山口祐加

Vol.6  キューバの静かな田舎町で
民泊を営む夫婦のDIYキッチン

「キッチンは僕たちの実験室」

最後に紹介するのはキューバ中部に位置する小さな街・レメディオスに住む夫婦のキッチン。この街にはこぢんまりした広場が一つあるだけで、特にこれといった見どころはない。けれどこの旅で訪れた地方の街のなかで、一番良かったと言っても過言ではないほど居心地がよかった。ゆったりとした時間が流れていて、人々が穏やかだった。

さて、今回紹介する夫婦はこの街で民泊(カサ・パルティクラルという名がついている)を営んでいる。キューバは国を挙げて民泊を広げており、その数は都心でも地方でも無限にある。現地の人の家に宿泊することで、ホテルよりも安く済むうえに、現地の人と交流できるとあって旅人に人気だ。
話を戻すと、今回の取材は私がたまたまAirbnbで選んだこのカサで行った。事前にネットを見ながらなんとなく良い部屋を選んだだけなので当初取材する予定ではなかったのだが、夫婦で料理をする様子があまりにも楽しそうだったので、取材したいとお願いしたところ二つ返事で快諾してくれた。
キューバ中部に位置する小さな街・レメディオスの民泊(カサ・パルティクラル)
この家には夫のエディさんと妻のディマレスさんと息子さんとで暮らしている。玄関を入ると母屋と離れに分かれており、私の泊まる部屋は母屋の2階にあった。階段を上がると正面にダイニング、右手側にキッチンとリビングがある。この階には他に夫婦の寝室、バスルームなどがある。

キッチンは窓からの日差しがよく入り、いるだけで気持ちがいい。使い込まれていながらもきちんと整理整頓されている。棚にお行儀よく並べられたマグカップは妻のディマレスさんが集めているものだそう。夫のエディさんは観光ガイドの仕事もしており英語が堪能で、主に彼から料理やキッチンについての話を聞かせてもらった。

「僕たちは夫婦揃って料理が大好きです。料理のプロセスはクリエイティブで楽しいですよね。それからここに泊まりに来るゲストに食べてもらい、喜んでもらえるのも嬉しい。自分のやったことの結果がすぐにわかるは料理のいいところだなと思います。私自身は新しい料理に挑戦するのも好きで、インターネットでレシピを検索することもありますね。
キッチンは僕たちの実験室と呼んでいます。なんだか料理のプロセスに合わせて調理道具を使う様子は手術みたいだなと思うときがあります。」

にぎやかでよく笑うディマレスさんと、寡黙で優しいエディさんがテキパキと夕食の準備を進める。楽しそうに料理をする様子を見ていて、食べる前から幸せな気持ちになった。

エディさんとディマレスさんの
ある日の献立
・マランガ(里芋に似た芋)を使ったスープ
・白身魚のソテー、ユカ芋のグリル、ご飯
・サラダ
・アイスクリーム

夕食は同じくこちらの家の離れに泊まっていたイタリアとクロアチア出身の女性2人と私の3人で食べた。コース料理のように前菜、サラダ、メインディッシュ、アイスクリームまで出てきた。どれもシンプルながら繊細な味付けでとてもおいしかった。

当たり前にDIYする暮らし

キューバのキッチン

毎日料理をしているキッチンは、自分たちが使いやすい場にするための工夫にあふれている。こちらのキッチンも然りで、DIYで作ったパーツが散りばめられていた。

キューバの台所。DIYで作った棚。

「自分たちに合ったキッチンにするために、キッチン台や棚、木のトレイからコンセントまで僕たちで手作りしています。コンセント(写真右手)は高電圧が必要なホットサンドメーカーのために設置したんですよ。
DIYに目覚めたのは私が子どもの頃です。友達のお父さんが大工で、彼の家によく遊びに行っていました。そのお父さんの仕事を見ているうちに自分で作る方法を学んだんです。料理もそうですが、自分の手で作るのが好きなのです。」
キューバの民泊(カサ・パルティクラル)
後から話を聞くと、私が泊まった部屋についていたバスルームや、ゲストの食事スペースである屋上のテラスもエディさんがDIYしたそうだ。信じられないくらいよくできた仕上がりで、エディさんの腕前には恐れ入った。たった一晩の滞在だったが、ゲストをもてなす気持ちが料理や空間にあふれていて、旅で一番心に残ったカサでの体験だった。