江口亜維子農的な暮らしがつなぐ「私たちの都市計画」第4話

農的な暮らしがつなぐ「私たちの都市計画」

「ていねいな暮らし」に憧れる向きが強まる中で、自然の恵みを実感できる農業に関心を寄せる人たちが増えてきました。積極的に園芸やベランダ菜園、地方移住などして自給自足を志向する20-30代の若者も目立ちます。
植物を育て、収穫物を共有することで、まちや人とのつながりを築いている人びとや活動があります。そこにある工夫や意味を探る中で、ゆたかな生活の輪をつなぎ、一人ひとりの生活から紡ぐ「都市計画」のありようも見えてきました。

文・写真=江口亜維子

Vol.5  まちの人たちと始めた景観づくりから生まれたこと

前回は、江口さんが立ち上げた食べられる景観づくりプロジェクト「エディブルウェイ」の紹介をしてもらいました。だんだんとプロジェクトに参加してくれる人や店舗も増え、町には「エディブルウェイ」の象徴であるプランターがいくつも並ぶ様子が見られます。そんな「エディブルウェイ」のたったひとつのプランターから、思いもよらない様々な発見や展開があったのだとか。エディブル・ランドスケープはまちや人に多様な価値をもたらすようです。

ひとつのプランターから変わるまち

エディブルウェイは、まずは研究室の学生たちが一軒一軒訪問して、プロジェクトの説明をし、賛同いただいたお宅6軒ほどに置かせてもらうところから始まりました。
はじめは受け入れてもらえるのか不安がありましたが、快く引き受けていただくことができました。住民の方とお話ししているうちに、同じエリアにあるコミュニティガーデン「戸定みんなの庭」の10年にわたる活動が、住民のみなさんと学生をつなぐ役割を果たしてきたことがわかりました。

コミュニティガーデン「戸定みんなの庭」

コミュニティガーデン「戸定みんなの庭」は、松戸市所有の空き地を活用して、2007年に千葉大学園芸学部の学生、松戸三丁目東自治会の有志の方たちで整備された。毎月管理活動が行われている。

プランターを置き始めてからの変化を住民の方々に話を聞いてみると、多くの方が会話が増えたことが嬉しいと喜んでくれました。ご近所同士に限らず、見知らぬ人ともプランターのこと、育てている野菜のことなどについて話すことが増えたそうです。プランターは家の前に置いてあるので畑と違って日当たりがまちまちです。育ち具合も場所によって変化があるので、まちの中を歩いて、違いを見て回るようになったという方もいました。例えば、大根の種から育て最後に種を採るまでしたお宅では、「これ豆ですか?」「大根なの?」と普段スーパーマーケット見ている野菜たちの見慣れぬ成長のプロセスや種の結実までの様子に驚き、会話が弾んだようです。
大根の種

大根の種は豆のような形をしている

私たち自身も、園芸学研究科とはいえ、植物そのものの研究をしている研究室ではないので、同じように発見することばかりで、長年、地先園芸に勤しんできた住民の方たちから多くの知恵を教わりました。

エディブルウェイのプロセス
エディブルウェイのプロセス1

1.プロジェクトに参加する住民の方とプランターをつくる。作業中も楽しいコミュニケーションの機会に。

エディブルウェイのリヤカー

2.プランターを設置する。プランターを自宅まで自力で運べない方の元へは、学生がリヤカーでプランターを届ける。

エディブルウェイで町の人とコミュニケーション

3.プランターを運んでいる途中にも興味を持って話しかけてくれ、参加してくれる方も。

玄関前に咲いた花とエディブル・ランドスケープ

4.地先園芸的にプランターを置いてエディブル・ランドスケープを実践する。

千葉大学園芸学部の学生と松戸の市民でエディブルランドスケープを作る

5.学生たちがメンテナンスにまわる。地先園芸の達人である地域の方々からは、お宅を訪問するたびに、植物のことを教わることも。

採れた野菜で食事会

6.コミュニティガーデンの活動を介して、子ども会と連携するように。野菜の収穫と空き家での共食は大勢の人が集まってくれた。

育て始めてから1年半。エディブルウェイのプランターからは、当初は思いもよらなかったいろんな発見や展開がありました。

 

●子どもたちへの食育

エリア内にある園庭がない小規模の保育園が参加してくれています。園児たちがプランターへの水やりをして、毎日植物を観察しています。育てた野菜は食べるだけではなく、野菜スタンプにしてクラフトづくりにも使ったり、去年は、プランターのニンジンでアゲハチョウが生まれ、幼虫からチョウになるまでを観察し、近所の公園まで、放蝶に行ったりもしたそうです。先生たちも「いろんなことが起こるんですね」と驚きながら、その時々で子どもたちとプランターの中の小さな自然を楽しんでくれています。

●町内の空き家には黒板アート

エディブルウェイの道沿いにある空き家の雨戸では、黒板アートを描き始めました。イラストレーターのやまわきともこさん、研究室の学生たち、地域の子どもたちがエディブルウェイのプランターを観察して、定期的に絵を描いています。プランターという小さな自然ながら、子どもも、大人も学ぶことが多く、観察での発見や驚きが黒板に描かれ、みんなで共有することができています。
黒板アート

●ローカルフードの可能性

大学の留学生にも人気のパン屋さん「ブーランジェリー・ラ・マシア」さんも参加者のひとり。普段はご家族で収穫した野菜を食べているそうですが、昨年の夏に2日間だけ限定で収穫したトマトを使ったパンが店頭に並びました。定番になるには、野菜の収穫量に課題が残りますが、身近で育てた野菜がこのように使っていただけたことで、将来的にローカルフードの可能性が広がりました。

●クラフト教室で食を楽しむ

参加者である佐伯くに子さんは、ご自宅でパッチワークやつるしかざりの教室を開いています。教室では、佐伯さんがつくったお昼ご飯をみんなで食べます。佐伯さんも地先園芸の達人であり、庭で育てた野菜を食材にしています。エディブルウェイの野菜も、食卓に並びました。

布つなぎ教室

布つなぎ教室

教室の名前は「布つなぎ」。パッチワークやつるしかざりは、いろんな種類の布をつなぎ合わせてひとつの作品をつくります。そのように、人と人、心と心もつなぐ仲間の集まりであり、佐伯さんの手仕事や食事を通じて、世代や国籍を問わずいろんな方がつながっています。
私も普段のお教室にお邪魔して、いろんな世代の方とお話をしたり、作品を見せていだき、とても楽しく学び多い時間を過ごしています。この春には、展示会にも参加させていただき、エディブルウェイチームは、野菜のつるしかざりをつくりました。

エディブルウェイが変えた暮らし

お揃いのプランターで育てて関わり合いを持つことで、それまで知ることのなかった地域の方たちの知恵やつながりに気がつくことができました。エディブルウェイは、コミュニティのつながりだけではなく、地域の食や学びの場としての可能性も広がっています。
何より、私たち自身の変化が一番大きかったかもしれません。私にとって、何の愛着もなかった駅から大学までの1kmの道が、気にかかる愛着のある道になりました。歩いて15分ほどの道のりは、エディブルウェイを始める前は苦痛でしたが、いまでは、歩いていると必ず顔の知った誰かとすれ違い、プランターの変化についてや季節の移り変わりのことを話す楽しい道になりました。たまに、晩ごはんにとおかずを持たせてくれるお母さんのような方もいます。まちのためにありがとうと声をかけてもらえることもありますが、今のところ、サポートされているのは私たち学生側であることを、皆さんから気にかけていただいている留学生との会話の中でも感じます。プロジェクトはまだ始まったばかり。この活動が根付くように、地域の方と、こつこつ育てていきたいと思っています。

江口亜維子農的な暮らしがつなぐ「私たちの都市計画」第4話

プロジェクトのメンバーと木下先生(下段右)、お世話になっている佐伯さん(中央、エプロン姿の女性)。植物のことだけではなく、場づくりや生活の知恵、人生のことなどいろんなことを教わっています。

5回にわたり、植物を介したコミュニケーションや、一人ひとりが植物を育てることで豊かな生活環境を育む一助となる事例を紹介しました。建築家の故・津端修一さんは、ご自身の生活実践を「新しい世代に豊かな生活の輪をつなげようとする」「なつかしい未来の都市計画」と表現しています。
暮らしの中で小さくとも自分の手で生活をかたちづくり、その楽しさを共有できる活動をつなぐことは、一人ひとりの生活から描き出す「私たちの都市計画」と言えます。こつこつと日々を重ね、“ときをためる”環境を育くむことができるのは、そこに暮らす生活者の強みでもあります。植物を育てることに限らず、私たちの身の回りには、生活の輪をつなげる活動やそのヒントがあるのではないでしょうか。
私もその輪を広げる一人でありたいと改めて強く思いました。

(おわり)


江口亜維子

江口亜維子  えぐち・あいこ千葉大学大学院園芸学研究科博士後期課程在籍

1981年石川県小松市生まれ。武蔵野美術大学卒業後、設計事務所で国内外の地域計画、建築企画設計に携わる。2012年より「カレーキャラバン」、2016年より「EDIBLE WAY食べられる道」開始。阿佐ヶ谷住宅(東京都杉並区)で暮らしたことがきっかけで、コモンスペースに関心を持つように。現在、エディブル・ランドスケープや共食活動を手がかりに、都市コモンズに関する研究を行う。