移住できるかな

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健やかな野菜を辿れば

西本和美 移住できるかな

昔話で恐縮ですが、42年前に九州から上京して驚いたこと、米が美味しい! ササニシキ、コシヒカリ、米は東北だなぁとしみじみ感じました。それから、自然食品店の存在です。農薬や化学肥料を使わない農作物などを扱う専門店。そこで、驚くほど濃くて美味しいニンジンやキュウリに出会いました。
健やかな野菜の、なんという滋味。そんじょそこらのスーパーの野菜は紙を食べるようです。当時はまだ「エコロジー」も「持続可能」も「沈黙の春」も知らなかったけれど、気付かないうちに奪われたものがあることを知りました。以後、健やかな野菜を食べたいという願いは、我が人生の優先事項となります。大げさに聞こえるかもしれませんが、毎日三度直面する重大事です。
そこで移住地を探し始めたとき、健やかな野菜を見つければ、健やかな移住地に辿り着くはずだと考えました。安心安全やオーガニックを標榜ひょうぼうするショップ、マルシェ、農業祭などに足しげく通い、店員や生産者に話を聞きます。やがてB町に目星をつけました。
B町の庁舎を訊ねると、移住促進の部署が新設されたばかりとのこと。担当者から「あなたは初めての相談者です」と歓迎され、車で町内をぐるりと案内してくれました。川を挟んで両側に広がる丘陵地は、よく耕され、草刈りなどの整備も行き届いており、気持ち良い。しかし「ここは相続問題があって」「ここの持主は町外に出ており相場を知らず、法外な価格設定で」などと、売買不可能な土地が多いのです。
空き家はたくさんあっても、売買・賃貸されるものは案外、少ないそうです。事情は、仏壇があるから、墓があるから、法事には親戚が集まるから、片付けるのが面倒だから、といろいろ。田舎の土地は安く、わずかな金銭と引き換えに先祖代々の田畑や家屋を売る理由は、ありません。
さらに、私が求める〈家の前から田畑の広がる、昔ながらの小規模農家の構え〉については、「とても難しい条件ですね」と宣告されました。キーワードは圃場ほじょう整備。小さな田畑をぐいぐい統合して大規模化する公共事業で、結果として家と田畑は切り離されてしまいます。
ときには屋敷林に囲まれた散居さんきょ、ときには山裾に身を寄せるつましい集落、昔ながらの小規模農家の構えは、やがて日本昔話になってしまうのかもしれません……。
その後も何度かB町を訪れましたが、適当な土地には出会えず、とうとう「本気で移住したいなら、東京を引き払ってこの町でアパートを借りて探しなさい」とアドバイスされました。担当者の意見は正論で、そんなことは百も承知。でも、東京で仕事しながら移住地を探している者に、それは無理でしょう? という反論をぐっと飲み込みました。
そんなとき、大地震が九州を襲います(2016年4月の熊本地震)。B町も被災しました。屋根瓦が落ち、塀が崩れ、通行止めになった道路もあります。そうなると、ネガティブな情報ばかりが舞い込んできます。「裏山の溜池が決壊する」とか「楠の木の辺りは危ない」とか、妙に具体的。土地探しはハザードマップとにらめっこになります。先の担当者も説明責任を果たすべく、ネガティブ情報を包み隠さず提供してくれます。皆さん、正直にありがとう。

地震直後にもB町を訪れました。ブルーシートで覆った屋根を見上げ、職人たちと修理の算段をする土地の人々に、移住の相談をするのは悪い冗談のように思えます。実際、「活断層の上に引っ越して来るつもりですか」とも言われました。
とりあえず、しばらくは、落ち着くまで、B町への移住話はいったん白紙に戻すことにしました。

九州の魅力的な土地

B町で、線路脇の小さな古家に出会う。魅力的な物件だったが、ネガティブ情報に屈して諦めることに。