まちづくりで住宅を選ぶ

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下北沢という街はなぜ魅力があるのか?(2)

AgitÁgueda

前回、下北沢の空間の魅力について述べさせてもらいました。今回は、私が昔、働いていた会社のカナダ人の同僚が下北沢に住みたい理由として、もう一つあげていた「個性のある店舗」について述べたいと思います。

下北沢は駅ができてから、駅を中心とした商業地として発展していきます。戦後は駅前に闇市ができ、鉄道の便がよいこともあって周辺住民だけでなく地域の重要な商業拠点になります。このようにして、発展してきた商業地としての下北沢は、住宅地に徐々に店舗が浸食するといった形で面的にも広がってきました。そして、その浸食は現在でも進行しつつあり、西は鎌倉街道を越え、北も一番商店街を越え、東も茶沢通りを越え、境界となるような道路がない南はずるずると、住宅地に商店が広がっています。下北沢の駅を核とした商店数は1500店をくだらないと考えられます。駅を中心として一番商店街、茶沢通り、鎌倉街道、そして南口商店街の六叉路とを結んだ地区がちょうど北沢二丁目という行政区になりますので、実態よりは少なくなってしまいますが、ここを下北沢の商店街であると仮定すると、そこには1250店舗が存在します(これは、私と私の学生が調べました)。北沢二丁目の面積は18.5ヘクタールですから、これは1ヘクタール当たり68店が存在することになります。1ヘクタールというのはちょっとイメージしにくいかもしれませんが、東京ドームのグランド面積が1.3ヘクタールですから、東京ドームのグラウンドに88店 (=68店×1.3)が存在していると考えると、いかに店舗が密集しているかが分かると思います。そして、下北沢には高層の建物はほとんど存在しないので、これは小さなお店がぎゅうぎゅうと建っているような状況ということです。実際、李東勲氏の研究によれば、下北沢の48%のお店の床面積が50平方メートル以下だそうです。

小さな個店が集積していることが下北沢の魅力の源である

さて、しかし店が小さいだけでは、それが個性的で魅力的であるとの説明にはなりません。それが魅力的であるのは、それらの67%がチェーン・ストアではない個店であるからです。また、それを業態別にみたものをグラフに整理してみましたが、カフェやバーに至っては個店が90%を占めます。個店というのは、まさに世界でそこにしかありません。したがって、個店はその町のユニークな個性を形成するのに貢献します。さらに、業態別でみたとき、アパレルはローカル・チェーンの割合が高いですが、これらの多くは古着屋です。古着屋は、ローカル・チェーン・ストアではあっても、売っている商品は大量仕入れされたものではなく、一点仕入れですので、それはそれでユニークだったりします。同じように、レストランも他の業態に比べるとチェーン・ストアの割合が高いですが、これらはチェーン・ストアであることをカメレオンのように偽装するのが得意なので、あからさまにはチェーンかどうか分かりません。また、雑貨でもヴィレッジ・ヴァンガードというお店は、チェーン・ストアでありますが、ある外国人のプロのブログ・ライターは「ある意味、下北沢という町の最も象徴的な店舗である」と書いていたりします。眼鏡のゾフ、食品雑貨のカルディなど下北沢初のチェーン・ストアがあることを考えると、それらの存在が必ずしも下北沢の個性、ユニークさを薄める効果は少ないかなとも思ったりします。つまり、下北沢はそもそもチェーン店の割合が少ないですが、チェーン店であっても下北沢らしさにマイナスになるようなお店ばかりではない、ということです。

shimokitazawa

下北沢の業態別チェーン・ストアかそうでないかの割合
(出所:Hattori, Keiro and et.al (2016), Tokyo’s “Living” Shopping Streets in Global Cities, Local Streets, Routledge)

そして、これらの個店が何しろ、狭い下北沢の中にぎゅうぎゅうと存在している。それは、レーズンがたっぷりと入っているようなレーズン・パン、牛肉の塊がごろごろと入っているビーフ・カレーを頬張る時の多幸感のようなものを、ここに訪れる人達に提供してくれます。極めて、私事ですが、私はよく下北沢に行きます。下北沢の何が私を惹きつけるかというと、個店、そして個店のオーナーや店長、すなわち人です。お店のメニューを真似することは難しくありません。特にフランチャイズ・チェーン店は、むしろメニューで個性を出すことを禁じており、どこでも基本的には同じブランドであれば、画一的な商品を提供することがお約束です。それはそれで、有り難いときもあるかもしれませんが、そのような理由でわざわざ、ある町に行くことはありません。なぜ、私がわざわざ下北沢に行くかというと、そこに会いたい店の人がいたり、そのような気持ちを共有する知り合いの、もしくはまだ見知らぬ気の置けない人達がいたりして、彼らと出会いたいと期待するからです。加えて、その個店が提供するユニークな料理やカクテル、もしくは目利きを経た日本酒などを飲みたいからだと自己分析できます。

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私がよく行く下北沢のバー、マザーズ・ルーイン。写真は瀧田義也氏提供

下北沢は、町としての歴史は浅い。それにも関わらず、町としての魅力があるのは、このような個性的な「お店」が立地したことで、アンテナの感度が高い人達が集まったからです。それら発信力のある人達をマーケットとして必要とする個性的なお店が下北沢に集ったことで、さらに好奇心のある人達が下北沢に集まってくる。これが特に顕著にみられたのが古着屋であり、ライブハウスであり、レコード屋であり、最近ではカレーであったりします。さて、次回はこの下北沢のいわゆる地域特化の経済が、消費するだけではなく、そこに来る人達に生産をする機会をも提供することができていることを書きたいと思います。

著者について

服部圭郎

服部圭郎はっとり・けいろう
龍谷大学政策学部教授
1963年東京都生まれ。東京大学工学部卒業、カリフォルニア大学環境デザイン学部で修士号取得。某民間シンクタンク勤務、明治学院大学経済学部教授を経て、現職。 専門は都市計画、地域研究、コミュニティ・デザイン、フィールドスタディ。 主な著書に『若者のためのまちづくり』『人間都市クリチバ』『衰退を克服したアメリカ中小都市のまちづくり』『ドイツ・縮小時代の都市デザイン』など。技術士(都市・地方計画)、博士(総合政策学)。