ぐるり雑考

14

やりすぎる方がいい

4月下旬に新刊が出版された。『一緒に冒険をする』(弘文堂)という本で、5年ぶりの一冊。「冒険」は、いい言葉だなと思う。計画しきれないことをポジティブに捉える感覚があるし、うまくゆかないことが生じても責任者を探す必要がない。言われてすることではなくて、頼まれもしないのに始めてしまうのが冒険だ。
事後的に知ったのだけど、「adventure(冒険)」の語源には「到来する」という意味も含まれているみたいで、さらにいいなと思う。「始める」というより「始まってしまう」あの感じは、あらかじめ含まれているんだな。

ところで、本を出すと「サイン会」問題が浮上する。10冊目なので何度も経験しているはずだけど、実はあまり記憶がない。苦手なので避けてきたか、あるいは記憶から消しているのだろう。

なにが嫌かって、自分の前に行列が出来るのがつらい。順番になった人の多くは話しかけてくる。僕も応えたい。けど後ろには待っている人がたくさん。早くしないと……という板挟みが辛い。つい絵を描き始めてしまうクセがあってさらに時間がかかり、早くしないと……という板挟みが(くりかえし)。

サイン会

でも今回はきわめて前向きに取り組んだ。編集のKさんが「糸井重里さんが円卓形式でやっていてよかった」と教えてくれた。エライ! ちゃんと頭を動かしている人がいるじゃないか。「座ったひと同士でも話していたり、雰囲気がよかった」と。採用採用!

とはいえ、座ったまま誰も席を立たないと板挟みがさらに乗算しそうなので、「常に1席空けておいて、もし誰かがそこに座ったら、他のひとがまた一席空けないといけない」というルールを図説。自主的な運用を試みた。が、これはそれほどうまくいかず。
うまくいったのは併せて試みた「スタンプ会」で、絵を描き始めてしまう自分の気持ちを「前夜にゴム判を彫る」ことで代替。2種類用意したスタンプのどちらかを押してもらい、そこに小さなサインを添える形に。

サイン会にスタンプ

名前だけ書くことには、野球選手や芸能人じゃないんだし!と申し訳のなさがあって、ついなにか描き加えがちだったけどそれも解消されるし、集まった人たちもスタンプの押し方を教え合って和気藹々としている。その合間に軽く話も交わせるし、悪くない気分でサイン会を終えることができた。

逃げるように嫌々やるより、真っ正面からやりすぎる方がいい。これはいい方法だと思う。「やりすぎ」る部分はそもそも余禄のようなものだから、ノビノビ楽しんで取り組めばいいし自分らしさも発揮しやすい。
仕事も同じだと思うんですよ。やらないといけないことはサクッとやって、プラスアルファ好き好んで「やりすぎる」と、仕事がいい具合に〝自分の仕事〟になるんだな。

著者について

西村佳哲

西村佳哲にしむら・よしあき
プランニング・ディレクター、働き方研究家
1964年東京都生まれ。リビングワールド代表。武蔵野美術大学卒。つくる・書く・教える、三種類の仕事をしている。建築分野を経て、ウェブサイトやミュージアム展示物、公共空間のメディアづくりなど、各種デザインプロジェクトの企画・制作ディレクションを重ねる。現在は、徳島県神山町で地域創生事業に関わる。京都工芸繊維大学 非常勤講師。

連載について

西村さんは、デザインの仕事をしながら、著書『自分の仕事をつくる』(晶文社)をはじめ多分野の方へのインタビューを通して、私たちが新しい世界と出会うチャンスを届けてくれています。それらから気づきをもらい、影響された方も多いと思います。西村さんは毎日どんな風景を見て、どんなことを考えているのだろう。そんな素朴な疑問を投げてみたところ、フォトエッセイの連載が始まりました。