まちづくりで住宅を選ぶ

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下北沢という街はなぜ魅力があるのか?(1)

AgitÁgueda

下北沢という街が世田谷区にあります。シモキタという略称で、若者にも人気のある街ですが、街中では元気な高齢者も多く見かけます。下北沢は英語版『地球の歩き方』ともいえるロンリー・プラネットやミシュラン・ガイドでも取り上げられています。ニューヨーク・タイムズの記事で「下北沢はグリニッチ・ビレッジに対する東京の回答である」とも紹介されたことがあります。
グリニッチ・ビレッジは、ニューヨーク市のマンハッタンにある地区で、19世紀末から20世紀後半まで、ボヘミアンな芸術家が集い、東海岸におけるビート・ジェネレーションやカウンターカルチャーの中心地でした。1960年代から70年代にかけて、多くのロック・ミュージシャンやアーティストがここを拠点に活動し、都市が新しい文化を醸成する代表的な事例でしたし、ここを横断する道路計画が持ち上がった時、ジェイン・ジェイコブスという作家がその反対運動を率いて、それを中止に追い込んだことなどでも知られています。そのグリニッチ・ビレッジに並び称されることは、都市研究者の端くれとしては、すごい賛辞だなと驚きます。それにしても、なぜ下北沢はそんなにも日本人だけではなく、外国人までも惹きつけるような魅力を有しているのでしょうか。

私は大学教員になる以前にある企業で働いていました。そこで、同僚のカナダ人の賃貸住宅の保証人になったことがあるのですが、彼は下北沢に住むことに固執していました。その拘りに興味を持った私は、どうして、そんなに下北沢に住みたいのかと尋ねると、自動車が走らない環境と魅力的な個店がたくさんあること、と回答しました。私は、この指摘にホーッと感心しました。というのも、日本には道が狭くて、法律的には自動車が通れたとしても歩行者が多くて、実質的には自動車がなかなか走りづらい商店街や住宅地は下北沢以外にもあったりしますが、アメリカやカナダの都市にはそのような場所はないからです。そして、自動車を心配しないで、歩行者が自由に歩き回れる生活空間というのは、実はなかなか有り難いことなのです。下北沢は小田急線と京王井の頭線の乗り換え駅なので、多くの人が利用しますが、この駅を中心として半径100メートル以内には信号がありません。私は、信号を見ると、それが下北沢とその周辺地区との境界であると思ったりするぐらいですが、それぐらい下北沢は歩行者に優しい街なのです。なぜ、下北沢はそうなのでしょうか。

下北沢古着屋

下北沢の狭い路地が、人間スケールの楽しい都市空間をつくりだしている。

その理由の一つとして、下北沢は20世紀に東京を襲った二つの災害、1923年に起きた関東大震災と第二次世界大戦の東京大空襲の被害を受けなかったことが挙げられます。関東大震災が起きた時、下北沢はまだ茶畑が広がる世田谷の農村でした。その後、1927年に小田急線が開業したこともあり、多くの人が鉄道沿線に移り住み、下北沢も宅地化が急ピッチで進みます。そして、第二次世界大戦の東京大空襲から下北沢は奇跡的に守られます。したがって、下北沢の通りのほとんどが、バスが唯一走っている茶沢通りを含めて、第二次世界大戦以前につくられています。日本に自動車が広く普及し始めたのは1960年代になってからです。したがって、それ以前に開発された街の空間構造は、その後に開発された街のそれと違い、自動車での移動ということに関してあまり重視していなかったのです。100年前の下北沢の地図をみると、当時の畦道のような道がそのまま現在にまで残っていることが分かります。自動車がまったくといっていいほど走っていない時代の空間構造は、当然、人間の尺度に合っています。下北沢が歩行者に優しいのは、そのような歴史的背景があるのです。

そして、このように新しい道路が戦後、ほとんどつくられていない下北沢には行き止まりの道がとても多いのです。下北沢の駅を中心に、ざっと1ヘクタール当たり1.3の数の袋小路があります。行き止まりが多いというと、歩行者にも不便なのかと思われるかもしれませんが、下北沢にはこれらの行き止まりの道には小さなお店が張り付いています。そして、このような行き止まりの道には、自動車がほとんど入らない。まさに歩行者「天国」のような商業環境がつくられているのです。

下北沢のマルディグラ

下北沢には行き止まりの道が多いが、その沿道にも小さなお店が張り付き、商業空間としての豊かさを演出している。

私が以前、教えていた東京都港区にある明治学院大学の学生に、下北沢を歩いて、どこに魅力を感じるか、という課題を与えたことがあります。その結果をキーワードごとに括ったところ最も多かったのが「自動車が走っていない、歩行者中心の環境」(26票)。似たような「細い道」(12票)も大学生には魅力として映ったようです。

アンケート結果

このような空間の価値は、日本人はあまり気づいていません。というのは、東京には他にも似たような場所が多いからです。しかし、それらの価値を過小評価しているので、そのような人間のスケールを維持している都市空間に幅の広い道路を通して壊していることが、ずっと続いています。そして、そのようなトレンドは、東京ではなくて、地方都市などでより暴力的に展開しています。その結果、地方都市の魅力が減り、東京の魅力が相対的に高まっているのではないかと私は考察しているのですが、そのような魅力的な東京の生活空間もオリンピックを開催することに後押しされて、最近、道路整備で壊されつつあります。下北沢もそのような脅威に直面しています。こういうことを書くと、「大袈裟じゃないか」と思われるかもしれませんが、東京ディズニーランドの大きな魅力の一つは、自動車がまったく走っていないことです。東京ディズニーランドの中に自動車を自由に行き来させることに賛成する人はおそらくいないと思います。生活空間も実は同じような側面があります。

下北沢の空間の魅力で随分と字数を使ってしまいました。次回は、もう一つの魅力である「個性のある店舗」について書かせてもらえればと思います。


服部圭郎  はっとり・けいろう龍谷大学政策学部教授

1963年東京都生まれ。東京大学工学部卒業、カリフォルニア大学環境デザイン学部で修士号取得。某民間シンクタンク勤務、明治学院大学経済学部教授を経て、現職。 専門は都市計画、地域研究、コミュニティ・デザイン、フィールドスタディ。 主な著書に『若者のためのまちづくり』『人間都市クリチバ』『衰退を克服したアメリカ中小都市のまちづくり』『ドイツ・縮小時代の都市デザイン』など。技術士(都市・地方計画)、博士(総合政策学)。