移住できるかな

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春の野に出て

西本和美 移住できるかな

冬のあいだ、山仕事のお手伝い(伐採、薪割り、炭焼き)で身体を鍛え、寒風吹きさらす納屋でマコモ編みを習うなど忍耐力も養い、自信満々で春を迎えます。もう軽トラの荷台に自力で上がれます。(え、上がれなかったの? と驚かれる向きもあるでしょう。はい、叔母に押し上げてもらっていました。)
春分も近くなるとモンシロチョウが飛び始め、シイタケ山にはクモが糸を張ります。昆虫嫌いの私には苦手な春ですが、山里はそこかしこ萌芽の喜びに満ちています。(え、田舎暮らし希望なのに昆虫嫌いなの? と驚かれる向きもあるでしょう。はい、草刈り中に昆虫に出くわすと悲鳴をあげながらカマを振り回すほど嫌いです。)

納屋の土間。マコモ編み。座布団やござになる。

納屋の土間で、マコモ編みを習う。座布団やござが人気。

軽トラの荷台から春の野の景色桃梅紅梅桜

軽トラの荷台に寝そべって眺める、爛漫の春は格別。

ツクシ、セリ、ヨモギ、陽光の野辺で叔母といっしょに春草を摘みます。「ヨモギは先端を摘むんよ。イノシシの通り道は除けて」。イノシシが通った跡は臭いがつくとか。除けるべきはイノシシのテリトリーだけではありません。「ここは◯◯さんが肥料を撒いてるけん、採ったらいけんよ」。見えないけれど山里には、人間同士の暗黙のテリトリーもあるのです。誰が植えるでもない春草とはいえ、おすそ分けしてもらうなら許可と返礼は欠かせません。そこが休耕中の田畑であればなおさらです。
頼まれて叔母夫婦が草刈り管理する休耕畑の一画を、ちょこっと耕す許しを得ました、わくわく。まずは設計図。育てたい種子を取り寄せ、相性の良い組み合わせ(コンパニオンプランツ)を考え、どのくらいの広さが必要か、生長時期のずれも考慮して綿密に計画します。設計図を叔母に見せると、なぜか「ぷっ」と笑われましたが、、、。
ワゲガマで草を刈り、クワでうねを立てる。川端なので水捌けのいい高畝で、ちょうど棺桶を10ほど埋めたように見えます。そこに種子を蒔き、刈り取った雑草でマルチ。雑草はやがて朽ちて土を肥やすので一石二鳥です。
ところがその後、困ることが起きました。土中にはさまざまな草の種子が眠っており、作物と共に芽吹きます。作物の新芽の姿形を知らない素人には、無数に芽吹いた新芽のどれが作物なのか判断できません。……私は馬鹿だ。

結果をご報告すると、作物はほぼ全滅でした。カボチャやトウモロコシなど一部は育ちましたが、収穫を待たず昆虫やモグラやシカやカラスに喰い散らかされました。土中にはうじゃうじゃと生き物が溢れています。植物、昆虫、爬虫類……。実にさまざまな生き物のテリトリーの重なりが土を成しています。
この後、野良仕事は怒濤の季節を越え、やがて晩夏。チョウチョウが目前を横切ってもカマを振り回すことはなくなりました。約束だった1年間の農家体験が終わり、いよいよ移住地を探し始めます。

著者について

西本和美

西本和美にしもと・かずみ
編集者・ライター
1958年 大分県生まれ。武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒業。住まいマガジンびお編集顧問。主に国産材を用いた木造住宅や暮らし廻りの手仕事の道具に関心を寄せてきた。編集者として関わった雑誌は『CONFORT(1〜28号)』『チルチンびと(1〜12号)』『住む。(1〜50号)』。