<遠野便り>
馬たちとの暮らしから教わること

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3月:雪解け

遠野の3月の景色は、年によってずいぶん違います。桃の節句のときには雪がほとんど消えてなくなる年もあれば、まだあたり一面雪景色の年もあります。東日本大震災が発生した2011年3月11日の夕方から翌朝にかけては吹雪でした。冬眠をしない野生動物たちは飢えをしのぎよく生き延びました。そして馬たちも人たちも寒さと雪の日々をよくがんばってきました。春を迎えることができたことをみなで寿ぎたいと思います。そんな北国の3月ですが、それでも啓蟄を過ぎると、日なたの残雪の上を小さな羽虫がのそのそ動いていたりするのを見つけますし、お彼岸を過ぎるとウグイスの初鳴きもそろそろです。

遠野の冬田

2月の写真では真白い雪原だった田も本来の姿を現わし始めた。

馬の背から冬の日を

春分近くなり、朝の太陽が真東が昇る。

この季節は、馬との暮らしにとってはやっかいな季節でもあって、放牧地の雪原の雪が解け、黒い地面が見えるようになるとともに、雪に覆われ隠れていたボロ(馬の糞)も顔を出し、あちこちがボロ混じりの泥の海となります。馬たちも冬毛から夏毛に換毛するピークを迎えており、馬のブラッシングをはじめ馬の世話をすることは、泥と埃と馬の抜け毛に日々まみれる、ということでもあります。そこに追い打ちをかけるように周囲にあるスギ林からは花粉が舞い飛びます。いやいやこれはこれでなかなかのものです。ハクション!

遠野の下萌

オス馬たちのいる林間放牧地の雪はほとんど溶けたが、林床の植物たちの芽吹きはこれから。

この状況、けれども悪いことばかりではないよ、と言いたいがために、以前クイーンズメドウのフェイスブックに以下のような文章を書きました。

2008年に放送されたNHKスペシャル「病の起源 第6週 アレルギー~2億年目の免疫異変」は、内輪でちょっとした話題になりました。

少々長いですが私たちの関心を呼んだ一部をホームページから引用すると、

「南ドイツで、農家と非農家の子供の家のホコリを集め、エンドトキシンと呼ばれる細菌成分の量を調べたところ、それが多い農家の子ほど花粉症とぜんそくを発症していなかった。エンドトキシンは乳幼児期に暴露が少ないと、免疫システムが成熟できず、アレルギー体質になる。農家のエンドトキシンの最大の発生源は家畜の糞。糞に触れることのない清潔な社会がアレルギーを生んだとも言える。」

という内容です。

確かイエス・キリストも馬屋で生まれたのだったなあ、じゃあアレルギーはなかったかもなあ、なとど戯れ言とも真面目な発言ともつかぬことを喋りあったのですが、春は、馬たちの毛の抜け代わりの時期であり、乾燥した泥や埃や粉々になったボロが舞い飛ぶ季節なので、日々のブラッシング行為は、目には見えませんが、間違いなく大量のエンドトキシンの海の中で行われています。

というわけで大人になってから大量のエンドトキシンに暴露することが、免疫システムの強化に役立つかどうかは定かではありませんが、お望みの方はこの時期特にエンドトキシンのシャワーを浴びることができますよ。

清々しい森林浴と埃っぽい(細菌っぽい)エンドトキシン浴。それにあと馬浴(今作った造語=馬たちの熱い呼気や匂いや体温やオーラや魂などなどを浴びる)。

そんなあれこれを「浴びる」時間がここクイーンズメドウにはありますよ。

というわけで、3月の遠野の馬牧場はエンドトキシンの季節でもあります。

パドック

すっかり乾いた砂のパドックを気持ちよく全力で駈ける。

雪原を駆ける馬

まとまった雪が降れば冬景色に舞い戻る。雪原を存分に駈け回る。

著者について

徳吉英一郎

徳吉英一郎とくよし・えいいちろう
1960年神奈川県生まれ。小学中学と放課後を開発著しい渋谷駅周辺の(当時まだ残っていた)原っぱや空き地や公園で過ごす。1996年妻と岩手県遠野市に移住。遠野ふるさと村開業、道の駅遠野風の丘開業業務に関わる。NPO法人遠野山里暮らしネットワーク立上げに参加。馬と暮らす現代版曲り家プロジェクト<クイーンズメドウ・カントリーハウス>にて、主に馬事・料理・宿泊施設運営等担当。妻と娘一人。自宅には馬一頭、犬一匹、猫一匹。

連載について

徳吉さんは、岩手県遠野市の早池峰山の南側、遠野盆地の北側にある<クイーンズメドウ・カントリーハウス>と自宅で、馬たちとともに暮らす生活を実践されています。この連載では、一ヶ月に一度、遠野からの季節のお便りとして、徳吉さんに馬たちとの暮らしぶりを伝えてもらいながら、自然との共生の実際を知る手がかりとしたいと思います。