流しの洋裁人の旅日記

5

服は何からできている?(2)

1月は20,21日に南池袋で開催されたイベント「nest marche」へ参加する以外は、自身の引っ越し準備をしたり、7年ぶりに車のハンドルを握ってペーパードライバー講習を受けたりしておりました。

じつは今回の引っ越しは、人生7度目になります。18歳で岡山の実家を離れ、西宮の大学へ。22歳の就職で岐阜市に引っ越し、26歳の転職で再び西宮市へ。洋裁を本格化したことで部屋が手狭になり市内で再度引っ越し、31歳の転職で京都市左京区へ。32歳で東京に上京し、今回の山梨県富士吉田市に至っております。
モノを作る人にとっては、拠点をコロコロ変えるのはつらいことかと思います。なぜならその土地の環境への依拠が高いだろうからです。職人としてモノを作る者にとっての多くは生活の場と仕事の場が一体となっています。「生活の場」が、経験を積み重ね、知識や道具をその土地の環境に合わせて調整し、蓄積していく「仕事の場」となります。陶芸家を例に出せば、その土地の土や水を使い、窯を整え、水分量や焼成温度など試作を重ねて、材料や環境の持つ魅力や特性を、自分の技術やその場で生みだす新技法によって最大限に発揮させるものです。
もし私が機器を多くもつ縫製工場を構えていたら、工場ごと動くことは難しいでしょう。しかしながら私の場合、持ち運び可能な材料や道具を持って各地を転々とするため、出会う人も場所もどんどんと更新されていきます。洋裁という行為を通して遍歴をしているのです。現代の働き方や生き方、経済成長などの行き詰まりを解決していくには、会社という組織のまだなかった中世の職人たちにみられる遍歴流しスタイルで(彼らも携帯性の高い用具は持参していた)、現代の最新のテクノロジー(ネットなどのソフト面と道具などハード面とインフラ)の恩恵を活用すれば、一歩前に進んでいけるのではないかと考えています。

また前置が長くなりましたが、今号では前号に引き続き綿繰りのあと、綿が糸になるまでの軌跡を辿りたいと思います。

紡績では、

  1. 繊維をほぐす
  2. 繊維の方向を揃える
  3. 繊維の方向を揃えつつ、繊維束を引き伸ばす
  4. 繊維に撚りをかける

の主に4つの工程があります。それでは順にみていきましょう。

みなさんは、綿というとどんな状態のものを思い浮かべますか?
ふわふわしていて、軽いイメージがあるのではないでしょうか。ですが、綿わたは左写真のように 海外で綿繰りされたのち、梱包されて輸入されます。ぎっしり積み上げられた綿は予想に反してぎゅうぎゅうで硬かったです(右写真)。

1. 繊維をほぐす

このぎゅうぎゅうに固められた綿わたをほぐしていきます。「混打こんだ綿めん」と呼ばれる工程です。

見せていただいたときはちょうど、ヤク(獣毛)と綿めんの混紡糸を作る機会でした。綿わたの上にヤクを載せ、ブラックライトで夾雑きょうざつ物(葉などの繊維以外のゴミ)のチェックを受けながらベルトコンベアーで運ばれていき、原料を混ぜつつ繊維の塊をほぐしていきます。

案内してくださった大正紡績の方に聞くと、私が毎年仕入れている冬用のヤク混の生地は、こちらの糸を使用して織られているそうです。それを聞いて大興奮!

このあと、板状、刃状、ピン状の突起物のついた回転体を用いて繊維の塊をほぐしていき、帯状の繊維集合体にされます。かつて機械化されていなかった日本においては、「弓打ち」といって竹に弦を張り、弦で綿わたの塊をたたいてバラバラの繊維にほぐす「ワタ打ち職人」が存在し、季節になると村々をまわっていたようです1

2. 繊維の方向を揃える

次に綿わたを繊維単位でばらつかせていくりゅう綿めん(カーディング)工程を通ります。読んで字のごとく、綿わたくしけずります。梳るとは、櫛で髪の毛を整えること。小さな無数の針が付いた剣山の様なローラーの間に綿を飛ばし、梳ることで、繊維をばらつかせ、スライバー(撚りのかかっていない紐状の繊維の塊)にしていきます。さながら雲が機械にすいこまれていく様子で、ついつい触りたくなり、取り出していただきました。(右写真)

次に、スライバーの状態では、ばらばらの方向に向いている繊維の方向を揃えるために、髪の毛をとくように櫛(コーム)を通し、且つ短い繊維を取り除き、再度スライバーにするせい梳綿(コーミング)工程を通します。この工程を通すことで、繊維の均一度が上がり高級感が増した糸(コーマ)が出来上がるそうです。

【精梳綿(コーミング)工程】ラップ状に巻かれた綿わたが櫛を通って、薄い板状になり、
幅を絞られてまたスライバーに戻っていきました。

押し固められていた綿わたの塊が、フワフワになってきました。目で物理的な変化を追うことができるので、とてもわくわくします。
各工程の意図を解説してもらって理解しながら工場の機械を見ていると、シンプルで合理的な構造をしている機械のつくりに感動し、かわいらしい動きに愛しささえも感じてきます。
自分が使用している生地のもとになる糸の素の綿わたの調合段階を実際に見ることができたことに本当にテンションが上がりました。

では、続いてさらなる工程を見ていきましょう!



原田陽子  はらだ・ようこ

1984年晴れの国岡山生まれ。武庫川女子大学生活環境学科卒業後、岐阜のアパレルメーカーへ営業として就職。「服は機械で自動生産されると思っていた」を耳にしたことをきっかけに、全国各地へミシンや裁縫道具を持参し、その場にいる人を巻き込みながら洋裁の光景をつくる活動を、2014年9月から開始。現在、計40カ所を巡る。洋裁という行為を媒介に、人や場、文化の廻船的役割を担うことを目指している。

連載について

ある日、東京・新宿にある百貨店で買い物をしていたところ、見慣れない光景が目に飛び込んできました。色とりどりの生地がかかるディスプレイの奥で、ミシンにひたすら向かう人がいました。売り場に特設されたブースには、ミシン一台と「流しの洋裁人」と大きく張り出された布の垂れ幕がかかっていました。聞けば、全国各地に赴き、その土地でつくられた生地を用いて即席でパジャマのようなふだん着を製作する活動をしているのだとか。食事については、ずいぶんと生産地や生産者を気にするようになりましたが、衣服のことはまだまだ流行や価格に目を奪われてしまいます。原田さんの全国を股に掛ける活動記録から、衣服に対する見方が少しずつ変わるかもしれません。