びおの珠玉記事

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カロリーベースって何?
日本の食料自給率の不思議

思ったよりずっと低い! 僕のお昼の食料自給率

このところよく耳にする「食料自給率」。農林水産省の発表によると、2009年度の食料自給率は、40%(※平成28年度の食料自給率は38%)。ここ数年、ほぼ横ばいです。先進諸国と比べてこの値は低いとされ、2015年度までにこの値を45%にする、という目標が掲げられています。
実際のところ、この数字ってどうなのよ、ということで、自作の弁当を「クッキング自給率」というアプリケーションソフトを使って計算してみました。このアプリケーションは2007年に農林水産省が提供を開始したもので、同省のWEBサイトからダウンロードできます。現在は2009(平成21)年のデータに基づいて計算できるようになっています。

クッキング自給率

農林水産省/クッキング自給率
http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/keisan_kokusan.html

いつもの感じで作ったお弁当の自給率を調べてみました。

お弁当

メニューと材料は、以下のとおりです。
かぶの炒め煮
国産:かぶ、豚ひき肉、しょうゆ、しょうが、みりん
外国産:こしょう
豚肉とかぶの葉の炒め物
国産:かぶの葉、豚もも肉
外国産:オリーブオイル、しお、こしょう
三つ葉の卵とじ
国産:鶏卵、三つ葉、めんつゆ、料理酒
外国産:しお
プチトマト
国産:プチトマト
玄米おにぎり
国産:玄米

こうしてみると、調味料に外国産が多いな〜という印象。塩は今回岩塩を使っているので外国産です。メインの食材はすべて国内産です。
では入力スタート。
実際にはそれぞれの材料の重さも入力します。「クッキング自給率」には、あらかじめいくつかのレシピはプリセットされていますが、今回は該当のものがなかったので、全て自分で入力しました(けっこう大変)。
さて、計算結果は!?  90%ぐらいかな。

クッキング自給率

なんと自給率40%。塩とこしょう、油だけが外国産なのに? これが食べ物の60%を占めているというのか!? しかも平均では35%だと。ウチの弁当はちょっとだけ国産度が高いと。……納得いかない。
内訳はこんなかんじ。

カロリーの高いものの自給率が低いと、それにひっぱられて自給率が下がります。
それにしても、豚ひき肉の平均自給率6%とか、しょうゆ3%というのはすごいな。しょうゆは輸入ものの小麦が多いから、ということでしょう。しかし豚ひき肉は?
解説を見てみる。

「カロリーに占める肉・卵・乳製品の率が高いためです。」

子どもが食べ盛りなのと、弁当のおかずとしての扱いが楽なので、肉が多いんです。

「これらは一見すると国産品が多く、自給率が高いように思われますが、実は家畜を育てるのに必要なえさ(飼料)の大半を輸入に頼っているのが実情なのです。」

はあ。

「肉・卵・乳製品については、輸入したえさを使って生産された分はカロリーベースの自給率には算入されません。」

じゃあ、肉食べる限り自給率ってあがらないってこと? それって外国の食べ物を食べたら外国人、みたいな感じ? カロリーベースって何よ!

「肉をたくさん使った料理は脂質の過剰摂取を招きやすく、栄養バランスの悪化につながります。ごはんを中心にバランスのよい食生活を心がけるようにしましょう。」

うーん、このソフトは自給率の計算用なのでは? 「バランスよい食事」と「食料自給率」はあんまり関係ないんじゃないかなあ? お前肉ばっかり食ってるなよ、と話をそらされたようで、なんだか悔しい。だって塩とこしょうとオリーブオイルだけだよ? それも極少量。

カロリーベース自給率の罠

さて、ちょっと落ち着いてみましょう。
スーパーマーケットに売られているものを見てみると、野菜・果物などの生鮮品はその多くが国産です。魚も肉も、割合としては国産が多く、パッと見の印象で自給率がそこまで低いのかな? と疑問に思ったことはありませんか?
もちろん食料はスーパーマーケットで売られている物ばかりではありません。外食や加工品の原料など、原産国の表示が不要なものもたくさんありますから、こうしたものに価格の安い輸入品が使われていることは容易に想像できますが、実際のところは「カロリーベース」という、なんとも変わった考え方による数字のマジックといえそうです。
いま、日本で「食料自給率」というと、カロリーベースの自給率を指すことがほとんどです。先に挙げた40%という数字も、カロリーベースの計算によるものです。
100キロの牛肉を消費するとして、60キロが国産、40キロが外国産だったら、自給率は60%、と思ったら落とし穴が。先の例に挙げたように、カロリーベースの自給率では、必ずしもそうはなりません。牛を育てるのに必要な飼料の自給率がかけられるのです。たとえ国産牛100%でも、自給率100%にはならないのです。

鶏

外国産の鶏卵なんか見たことありませんが……自給率は11%。

鶏卵などは、外国産を探すほうが難しい気もしますが、鶏の飼料の多くが外国産のため、カロリーベースの自給率は11%となってしまいます(重量では96%が国産です)。同様に牛肉はカロリーベース自給率12%に対して、重量では44%。豚肉は同6%に対して52%となっています(値は全て2008年度)。
下の表は、品目別の食料自給率です。こうした計算は鶏卵を含めた畜産物にのみ適用されています。

品目別自給率

飼料自給率を食料自給率の計算に採用する理由は、安全保障上の問題で飼料が輸入できない状態になった場合のことを想定して、という背景があるようです。
しかしながら、この計算に使われるのは「飼料」自給率だけで、野菜の「肥料」自給率などは含まれません。
もっといえば、生産や輸送に必要なエネルギーの自給率が、そもそも含まれていません。これらのものをすべて含めれば、今の日本の食料自給率は限りなく0%に近い値になってしまうでしょう。
安全保障上の問題で考えれば、わずか4%といわれるエネルギーの自給率をカウントせずに、飼料だけをカウントしているこの計算で「自給率が低い!」とだけ叫ぶことには首をかしげてしまいます。
カロリーベースの計算では、肉などのカロリーの高い物の重量比が多ければ、自給率はかなり下がってしまいます。海草や野菜などのカロリーの低いものは、たとえ単体の自給率が高くても、カロリーベースで計算すると、値の向上に寄与しにくいしくみです。
こうした批判もあってか、農水省の発表資料には生産額ベースの自給率も発表されており、こちらは70%という値です(もっともこれも「カネ」という指標に置き換えているので、食料そのものの価値と等価とはいえないかもしれませんが)。この70%という値も、先進諸国と比べれば低い自給率とされています。
でも、先進国の中ではかなり高い人口密度(336人/km2、アメリカのおよそ10倍以上)を持つ日本が、70%の食料を自給出来ているということは、むしろたいした物だと考えていいかもしれません。

鰊の話

さて、ちょっと自給率から離れてみます。
立春を迎えると、暦の上では春となります。

鰊

かつて北海道で大量につくられた身欠きニシン。これはロシア産でした。

かつてはニシンを「春告魚」とよびました。北海道では春になるとニシンが大量に訪れ、雌の産卵と雄の放精で海面が白く濁るほどで、ニシンが群れてやってくる様子を「群来(くき)」とよび、春の名物でした。
北海道にはニシンで財をなした「鰊御殿」と呼ばれる豪邸が相次いで建てられました。「ヤーレン、ソーラン」で有名な「ソーラン節」は、ニシン漁の際に唄われた、大量に獲れたニシンを網で汲み出すときの掛け声が元になっているといわれています。

北海道では江戸時代まで松前藩によって漁業が制限されていましたが、1876(明治9)年、に漁場が自由化され、漁業者が急増しました。1897(明治30)年には、史上最高となる97万トンの漁獲を記録します。
このころの熱狂的ともいえる、空前ともいえる活況を見たニシン漁の様子は、「鰊−失われた群来の記録 (高橋明雄著 北海道新聞社)」に多くの写真を用いて触れられています。
大量に獲れたニシンは、身欠きニシンや数の子に加工されますが、その他にもニシン油を絞りとり、その絞りカスを乾燥させてニシン粕として肥料に用いました。
しかし、100万トン近くを誇った春ニシンの漁獲は減少の一途をたどり、2000(平成12)年には174トンまで落ち込みました。
この原因にはいくつかの説があげられています。
大量に獲り過ぎたこと
数十万トンを獲り続けたことで資源が枯渇した、という説があります。産卵のためにやってきたニシンを獲ってしまったことで、子孫が残せず減少したのではないか、という説です。
森林伐採による影響
「森は海の恋人」という言葉があります。川が運ぶ森の養分が海にとっても必要であるという考えから、山に植樹を進める漁民がいます。開発による森林伐採と護岸のコンクリート化などで、森から海への栄養が絶たれ、磯焼けをおこし、ニシンの産卵場所がなくなってしまったり、餌となるプランクトンの減少をもたらした、という説です。
海水温の上昇
ニシンは温度に敏感な魚で、海水温の上昇を嫌って、冷たい海に北上した、という考えです。
これらが複合的にからみあってニシンの減少をまねいたのでは、といわれています。
最近になって、北海道でもニシンの郡来(くき)が見られることもあるようです。かつての水揚げには遠く及びませんが、いまもニシン漁は続けられています。

数の子

ニシンの卵である数の子は、おせち料理には欠かせない縁起物とされています。

数の子や一男一女大切に 安住敦

という句もあるように、一腹に6万粒もの卵からなる数の子は、子孫繁栄のシンボルだったのです。
この数の子も、ニシンの漁獲激減により、ほぼ100%がアラスカやロシアなどからの輸入に頼る状態になっています。
数の子は、その消費の多くがおせち料理に用いられます。
おせちといえば数の子、という風習は、少なくとも江戸時代にはすでにあったとされており、歴史のある食べ物ですが、一方で外国産に頼ってでも続けるべき食文化なのか、一度立ち止まって考えてみてもいいのではないでしょうか。
かつては身欠き鰊を干し、ニシン油を絞りと活用されていましたが、正月に消費される大量の(海外からくる)数の子の「身」のほうは、どうなっているのでしょうね。ニシンは輸入割当制度の対象魚なので、身まですべては輸入できないとしても、海外で適正に食べられているのか、数の子だけ引っ張り出してポイ、なんてことはないのか、ちょっと心配になったりします。
グローバルな社会だから、相互に補い合えばいいという考え方もあるけれど、ある食べ物が手に入らなければ、他で代用する、という考えもまた必要なのではないでしょうか。そう考えれば、おせちに数の子を食べ続けるのをやめてみる、という選択もありますし、たとえ海外のものでも、伝統食と文化を守るんだ、という考えもあるでしょう。絶対的にどちらが正しいとはいいませんが、どちらかを選択する眼をもっておきたいものです。

多様な選択から、自分で選べるように

単に国産が正しく、輸入品は悪い、と白黒ハッキリさせるというのは、ナンセンスにも思えます(もちろん、自国の産業を守り育てる、ということは政治の姿勢の大前提であるべきですが)。
食べ物は、生きていく上で必須であると同時に、極めて嗜好性の高い面もありますし、歴史的背景、宗教的背景などから精神性も宿るものでもあります。
どっちでもいいからカネがかからないほうを選ぶ、という人もいるでしょう。そういう人がちょっと増えてしまったのが、ここ数年の日本かな、という面は否めません。所得の減少からも、ある程度はやむを得ないかもしれません。EPA交渉も再開の動きがあり、TPPにも加入前提のような政治的動きが見えます。多くの生産者にとっては死活問題です。
しかし一方で、選択肢が多いということは豊かさでもあります。
多様な選択肢の中から、数字のマジックなどの事実も認識しつつ、自分にベストなものを選べるようになりたいものです。

(2011/02/09の記事より再掲載)