移住できるかな

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美味しい秋に思う

西本和美 移住できるかな
田舎の秋

農家の秋は、山や田畑の実りを収穫し、出荷、加工に追われる。

「もう歳やけん、昔んようにはやってないんよ」。叔母夫婦は共に75歳。農家としての最盛期は過ぎ、無理しない程度に耕しているとのこと。それならビギナーの私には丁度いいかも、と高をくくっていました。
しかし野良に出ると、「もう勘弁」と思うこと一日三回。筋肉痛に耐えながら必死に追っても、軽やかに斜面を駆け上がる二人に、おいてきぼりにされることたびたびです。長年、農業に従事してきたジジババの実力を目の当たりにしました。ひいひい息をあげながらも、我が身の贅肉が削り落とされ、筋肉に変わってゆくのを確信しました。ふふふ。

そうして山里はやがて実りの秋。美しい錦の山々を眺める……暇はありません。美味しい秋ナスや椎茸が待っています。稲刈りと同時期にマコモの収穫が始まり、合間にカボスをもぎ、ギンナンを拾わなくてはなりません。

真菰

マコモは全国の水辺に自生する稲科の植物。肥大化した茎根を出荷する。
食感は、くせのない筍のよう。

驚いたのは、出荷できない作物の多さです。規格外や虫害の実をはじくのは予想できますが、それ以前に、無傷の実のなんと少ないことか。ナス畑を喰い荒らした犯人に心当たりは?「多すぎて分からん」と叔父。根元近くは野鼠やモグラが、中程はタヌキが、天辺はカラスや鹿が、好き放題に喰う。溜息をつく私たちを眺めているのか、林間からキョーンと鹿の声。
秋の夕暮れに、叔母は「鹿に気を付けて帰りぃ」と言います。群れて走る雌鹿は可愛いものですが、道幅を塞ぐほど大きな牡鹿に出くわすのは恐怖です。50ccバイクに急ブレーキをかけ、「そこ、どいてくださーいっ」と叫ぶしかありません。と、牡鹿は立派な角をゆっくり川上に振り、すいっと立ち去ってくれます……どきどき。

 農村で気を付けるべきはもう一つ、焚火の煙です。収穫を終えた作物の茎葉は畑で燃やして始末します。しかし、喉の詰まるような異様な臭いに息を止めて煙をくぐることがあります。紐やシートや寒冷紗など農業資材を燃やしているのです。ひと昔前まで、農業資材といえば稲藁や麦藁、枝葉などの自然素材で野焼きしても無害でした。いまでは、ほとんどビニール製です。往時の慣習のまま、ビニール資材を野焼きするのです。土中にも細切れのビニール資材が、土と分ち難く混入しています。近代農業の負の遺産を実感します。加えて家庭ゴミも無分別に燃やすから大変です。都会から田舎に移住したとき、このゴミ処理の無法状態に、きっとストレスを感じます。当地で出会ったUターン組の先輩に尋ねると、「……ただ黙々と拾うんです」と言われました。

 ところで、刈り採ったばかりの稲、精米したての米は、馥郁として格別の味わいです。米も生鮮食料品の一つだと実感します。叔母が作る絶品の漬物を添えれば、軽〜く三杯飯。我が身の贅肉は落ちたはずなのに、なぜか3㎏増量の晩秋でした。

著者について

西本和美

西本和美にしもと・かずみ
編集者・ライター
1958年 大分県生まれ。武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒業。住まいマガジンびお編集顧問。主に国産材を用いた木造住宅や暮らし廻りの手仕事の道具に関心を寄せてきた。編集者として関わった雑誌は『CONFORT(1〜28号)』『チルチンびと(1〜12号)』『住む。(1〜50号)』。