<遠野便り>
馬たちとの暮らしから教わること

4

1月:野生の力が問われる

抑制、自由、強度

馬と暮らすということは、自分よりはるかに大きな動物と暮らす、ということでもあります。人間より大きくて、人間よりずっと強くて、種類の異なる生き物と日々を過ごすということ。

雪がやんだ朝、牡馬たちは時に気高くたたずみ、時に雪を蹴って駆け抜ける。

人は、馬という生き物の、とくにスピードとパワーが並外れたところに魅力と有用性を見出して、長い時間をかけて、どうすればこの動物たちと気持ちが通じ合い、しかも、自分たちの言うことを聞いてくれるのだろうかについて考え、工夫を凝らし、方法を編み出し、道具を発明してきました。文献によるとおよそ5千年前からそのような関係が始まったとされています。けれども、馬との付き合い方についてはいまなお模索が続いています。もっとフェアな関係に、もっと相互理解が深まった関係に、もっと道具に頼らない関係に、もっと彼らの生態に合った飼い方に、などなど、様々な面で、世界中の至るところでそのような試みが行われています。もしかすると、いまやっと、馬の側から見た暗黒時代が少しずつ終わりを告げつつあるのかもしれません。そしてこの流れは、むろん僕たちにとっても無関係ではありえません。

馬との関係性の模索を抽象的な言葉で表すと、〈自由〉と〈抑制〉の問題に行き着くかと思います。乗馬などを含め馬の有用性を引き出すことは、馬の野生の自由な発現を〈抑制〉することに他なりません。もう少しニュートラルに〈コントロール〉と言ってもいいでしょう。

このとき、問いとして「ではどうやって」ということを一にも二にも知りたくなるわけですが、「どうやって」の問いから入ると、どうしても道具を使った強制力に頼る、相手の心をくじく、などの答えが導かれやすくなります。できるだけ手っ取り早く結果がほしいので。そしてこれが5千年間の人と馬の付き合い方のメインストリームでした。

牡馬たちは、熾烈なライバル争いを日々繰り返しながら、お互いなくてはならない運命共同体です。そのアンビバレントな心と肉体がダイナミックな運動体となって雪原で躍動します。

けれども、ここ数十年、そうじゃないんじゃないか、という流れが世界中で始まっています。「どうやって」より前に、「彼らは何者か」「どのような存在か」ということについて問い続けることをやめず、そこから関係を築き上げようという流れです。

このとき〈自由〉と〈抑制〉の問題、つまり〈馬が自由であること〉と〈人が馬を抑制すること〉を繋ぐキーワードとして、これも抽象的な言葉になりますが〈強度〉があるのだと思うようなりました。馬はとても強い心身で日々の時間を生きています。草を食みつづけること、時々まどろむこと、けれども四方に警戒を怠らないこと、即座に蹴り出せること、瞬時にトップスピードで走り出せること、馬同士の上下関係を日々確認し続けること……。〈今〉と〈ここ〉に全力で存在し続けています。その馬たちにふさわしい心身の強度を、馬と繋がりたい人間側も一人ひとりが育て鍛えつづけること。それが大事ではないかと感じるのです。

冷え込み始める夕暮れ。裸馬、ハミなし、1本のロープのスタイルで交互に乗ります。初回の記事で登場した娘は、中学生になってもジンガ郎と遊びます。

長くなりました。寒さはいよいよ厳しいですが、日は少しずつ長くなってきました。ではまた来月。

著者について

徳吉英一郎

徳吉英一郎とくよし・えいいちろう
1960年神奈川県生まれ。小学中学と放課後を開発著しい渋谷駅周辺の(当時まだ残っていた)原っぱや空き地や公園で過ごす。1996年妻と岩手県遠野市に移住。遠野ふるさと村開業、道の駅遠野風の丘開業業務に関わる。NPO法人遠野山里暮らしネットワーク立上げに参加。馬と暮らす現代版曲り家プロジェクト<クイーンズメドウ・カントリーハウス>にて、主に馬事・料理・宿泊施設運営等担当。妻と娘一人。自宅には馬一頭、犬一匹、猫一匹。

連載について

徳吉さんは、岩手県遠野市の早池峰山の南側、遠野盆地の北側にある<クイーンズメドウ・カントリーハウス>と自宅で、馬たちとともに暮らす生活を実践されています。この連載では、一ヶ月に一度、遠野からの季節のお便りとして、徳吉さんに馬たちとの暮らしぶりを伝えてもらいながら、自然との共生の実際を知る手がかりとしたいと思います。