ぐるり雑考

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あいていない扉をひらく

高3の顔見知りの子が、友人の店を訪ねて「卒業後に働けますか?」と訊いたところ、「んー。いま募集はしていないんだ」という返事をもらってあきらめてしまったのか、最近遠くの就職説明会に足を運んだりしているみたい、という話を耳にしてちょっと気持ちが沈んだ。
募集していない、にもかかわらず「一緒に働きたい」と伝えてみたら、そこから世界が変わってゆくのに。

いや、そんなに強い気持ちでは無かったのかも。あるいは気持ちを練り上げてゆく訓練が足りていないのかもしれない。本人ではないので詳しいところはわからないけど、これまでの人生で、彼女のまわりにはどんな大人がいたかな? と思う。
気持ちをあまり言葉にしなかったり、物事をスッとあきらめがちだったり。そんな大人をたくさん見ていたら、子どもも同じようになるだろう。

私たち大人には、こういう責任があると思うんですよ。

たとえば、親が「お金がすべてじゃない」といくら語ったところで、外食が多かったり、日々食卓に並ぶのはすべて買ってきたものなら、「お金いるし、結構すべてかも……」と了解して育つはずだ。

しかし田舎の実家を訪ねて、卓袱台に並んだ料理がいくつかの調味料にいたるまでお婆ちゃん自身がつくったものだったら、「へー(!)」と思うんじゃないか。
あるいは親が「家族で旅行いくぞー」と言い、段ボールに「伊勢」とか書いて高速の入口付近に立ち、車が止まって、「名古屋まででいいですか?」「もちろん」なんていうやり取りを目の当たりにしてしまったら、「お金がすべて……ではなさそうだな」と、教えられるまでもなく思えるようになる。

仕事というのは、「この世界でこんなふうにいられるんだよ」ということを、次の世代に伝えるメディアでもあると思う。具体的に。
それが子どもたちの世界観や、可能性、ひいては未来を規定してゆく。

高3の子の話に戻ると、売っているものしか買ったことがないんだなと思った。店先に並んでいないものもたくさんあるし、交換に足るなにかを持ち合わせていなくても、手に入れることが出来たりする。そんなことがあるんだ。そして扉を開くのは、他でもない自分の気持ちと動きなんだよ、ということを教えてあげたい。

いや、教えるんじゃだめ。やって、姿を見てもらわないと。



西村佳哲  にしむら・よしあきプランニング・ディレクター、働き方研究家

1964年東京都生まれ。リビングワールド代表。武蔵野美術大学卒。つくる・書く・教える、三種類の仕事をしている。建築分野を経て、ウェブサイトやミュージアム展示物、公共空間のメディアづくりなど、各種デザインプロジェクトの企画・制作ディレクションを重ねる。現在は、徳島県神山町で地域創生事業に関わる。多摩美術大学、京都工芸繊維大学 非常勤講師。

連載について

西村さんは、デザインの仕事をしながら、著書『自分の仕事をつくる』(晶文社)をはじめ多分野の方へのインタビューを通して、私たちが新しい世界と出会うチャンスを届けてくれています。それらから気づきをもらい、影響された方も多いと思います。西村さんは毎日どんな風景を見て、どんなことを考えているのだろう。そんな素朴な疑問を投げてみたところ、フォトエッセイの連載が始まりました。