家族のかたちで住み替える
ヤドカリプロジェクトの試み

浜松市内を車で走っていたところ、ラジオから「ヤドカリプロジェクト」というプロジェクトが市内で進行中であることを知りました。進めているのは、建築家・白坂隆之介さん。白坂さんは、浜松市内で空き家を買い、リフォームしてしばらく住んだのち転売しまた次の空き家を買ってリフォームしてを繰り返す、「ヤドカリプロジェクト」という実験的な活動に取り組まれているとのこと。何やら聞きなれない話に興味を持ったびお編集部の尾内と林は、さっそく白坂さんにインタビューすることにしました。

Vol.2  査定価格の低い物件を設計で価値を上げる

東京の建築事務所で勤めたあと、新しく家庭を築くべく浜松市に戻ってきた白坂さん。浜松市中区で一番安い空き家を見つけて購入して「ヤドカリプロジェクト」をスタートさせます。しかし購入した空き家は、背後に崖を背負っていました。

尾内 崖に面していることで何か施す必要はあったのですか?

白坂 不動産屋さんは法面補強など施さないと建築確認が通らない、つまり「再建築不可」と思っていたようです。しかし実際には、法面補強までしなくても建築確認を通す方法はあります。例えば建築の崖に面する側に「待ち受け擁壁」を設ける方法があり、今回は基礎をたちあげて擁壁がわりにしています。擁壁を建てることで、崖が崩れても大丈夫ですという計算をするんです。そうすると建築確認がとれるので普通の土地として使えるということになります。今回は崖側に増築し、長期優良住宅化リフォームの補助金を受けるのに必要な床面積を確保することもできました。

崖対策

崖に面した基礎をたちあげる http://region-studies.co.jp/kmr.htm より

尾内 不動産屋さんは、基礎を立ち上げ擁壁にすれば立て壊す必要はない、という計算はされていなかったのですね。

白坂 そうだと思います。

崖には木が生い茂る

 崖対策はわかりました。ホームページで空き家のインスペクションをして構造が健全だという判断をしたと読みました。築50年以上の空き家でもなぜまだ使えるという判断をしたのですか?

白坂 それがまさにインスペクションなんです。物件を買う前に床下を見させてもらって木造の軸組が腐っていないかシロアリに喰われていないのかを最初に見ます。それで大丈夫だと判断しました。

尾内 HPでは、表面を見栄え良くリフォームしただけの中古住宅が多いことも指摘されていました。建築家がスケルトンの状態まで確認できる目を持つことは、これからのリフォーム、リノベーション事業には欠かせませんね。
ヤドカリプロジェクトは購入時のインスペクションだけではなく設計によって資産価値をあげて転売するスキームだとホームページで読みました。そのために何かされているのですか?

ヤドカリプロジェクトのスキーム

改修設計により中古住宅の資産価値をあげるヤドカリプロジェクト

白坂 ヤドカリプロジェクトの改修設計で特徴的なのは「既存住宅性能評価」の「劣化対策等級3」を取るようにしていることです。これを取ることで建物の耐用年数が75年に延び資産価値査定が向上します。
等級を取るには軸組の劣化つまり腐ったりシロアリに喰われたりしない設計すれば良いわけです。今回は、浴室まわりで劣化していた土台を部分的に交換し、外壁や屋根は通気工法とするなどしています。

 なるほど。

白坂 また改修後の価格設定には不動産流通推進センターが公開している「既存住宅価格査定マニュアル」を利用します。これに従えば、建築確認・耐震基準適合証明・劣化対策等級3など公的なお墨付きを反映させて客観的に査定価格を引き上げることができます。今回は、お墨付きがない場合と比較して、査定が4割ほど向上する計算です。

 4割もあがるんですね。

白坂 はい。いま空き家の増加が問題視されていますが、中古住宅の評価を改善し流通を促進するため2014年に国土交通省が指針を出しました。これを受けて、価格査定マニュアルが改定されたり既存住宅で劣化対策等級が取れるようになったりと、枠組みが整ってきたわけです。

尾内 うわべだけスケルトンにするのだけではなくちゃんと軸組を見て、直していらっしゃったのですね。さらに国の制度を意識して活用されています。
転売するまでの期間はどのくらいを見込んでいますか?

白坂 まず1年間は自分たちで住んでそこから転売しようと思います。とくにいつまでに売れなくてはということはないです。

 事務所つきの住宅にする予定ですか?

白坂 はい。近くの不動産屋さんで調べたり近隣の様子をうかがったりすると職住近接、ご自宅で仕事をしている方も多いようでした。自分もそうですが、そういったニーズがあるなと考えて、土足で入れる土間空間の事務所スペースを設計しました。土間空間にはインターロッキングブロックを敷き詰める予定です。転売後は学習塾などに使ったり、自転車やアウトドア用品も入れたりすることもできます。ペットも飼えます。マンションだとペット禁止なところもありますが、ペットは戸建てならではすね。

リフォーム中

リフォーム中の構造

尾内 建築家は作品性を求めて、本来の暮らしに関心が薄い方も多いとの批判も耳にしますが、白坂さんが挑戦的なのは、リノベーションした住宅に建築家の白坂さん自身が住むことで価値をプラスアルファすることだと思いました。

白坂 あまり意識していなかったんですが、最近言われるようになりました。僕がリノベーションした住宅に暮らしてライフスタイルをまるごと展示するというのも良いのかな、と思います。自分の家として使って、売れたら売るとすれば棚卸資産にもなりませんし。

尾内 ヤドカリプロジェクトのコンセプトとしていくつか家を渡り歩くということがあると思うのですが、どのくらいの期間を渡り歩こうと目指していますか?

白坂 子どもができて学校に通い始めたら、学区が変わるような引っ越しは子供に迷惑がかかると思います。そのくらい子どもが大きくなったらこの事業も育っていると思うので、「事務所は転々とするけれど家はひとつ固めて」というやり方もいいかなと思っています。今回は最初なので大きな家も買えなかったのですが、小さな家からはじめつつ大きな家に引っ越して、事務所も事業も大きくしつつというやりかたでいいかなと思っています。

 まさにヤドカリですね。事務所は転々と渡り歩くけれど、自宅はひとつに固めるというやり方もあったんですね。なんだか自分自身も空き家を探してみたくなりました。

白坂 空き家なんてそこら中にありますからね。結構同じことを考える人も出てくるんじゃないかなと思います。

尾内 ヤドカリプロジェクトは設計だけではなくて事業という面が強いと思いました。事業へのご興味があったのですか?

白坂 家庭を持つ以上稼がねばならないわけですが、独立してすぐ実績のないなかでどうすれば良いか考えていました。独立して半年ほどは仕事になりそうな話が入っては消えを繰り返していて、このまま仕事を待っていてもダメだなと思い、だったら「仕事を創ろう」と思い立ち、家を買って高く売れたら儲かると思って始めました。

古い空き家の木材を再利用

つづく

著者について

白坂隆之介

白坂隆之介しらさか・りゅうのすけ
建築家
1979年浜松市出身。京都大学で宇宙物理学を学んだ後、同大学工学部建築学科へ学士編入。地球環境学修士。シーラカンスK&Hに8年間勤め、学校や病院などの設計を担当。2016年、REGION STUDIESを設立。浜松にUターンし、「ヤドカリプロジェクト」始動。同プロジェクトで地元信金のビジネスコンテスト最優秀賞受賞。一級建築士。

家族のかたちで住み替える
ヤドカリプロジェクトの試みについて

浜松市内を車で走っていたところ、ラジオから「ヤドカリプロジェクト」というプロジェクトが市内で進行中であることを知りました。進めているのは、建築家・白坂隆之介さん。白坂さんは、浜松市内で空き家を買い、リフォームしてしばらく住んだのち転売しまた次の空き家を買ってリフォームしてを繰り返す、「ヤドカリプロジェクト」という実験的な活動に取り組まれているとのこと。何やら聞きなれない話に興味を持ったびお編集部の尾内と林は、さっそく白坂さんにインタビューすることにしました。