小池一三の週一回

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里山住宅博 in つくば

前に神戸で開いた「里山住宅博」を、つくばで開くことになり、その住宅地計画を、素描家のしゅんしゅんさんに描いてもらいました。

総合計画は小玉祐一郎(エステック計画研究所・神戸芸術工科大学名誉教授)、ランドスケープ・緑化計画は田瀬(プランタゴ)、住区計画は宇野健一(アトリエU都市・地域空間計画室)・プロデュースを不肖小池一三(町の工務店ネット)が担当するという布陣です。
10月25日に水戸で、県が絡んだ工務店の研修会があり、そこで紹介したところ、参加者から、「ほう!」という小さなどよめきがありました。
この計画に決まるまで、紆余曲折があり、苦しみの果てのものでしたので、プロデュースを担当するわたしとしては、ひとまず嬉しい時間でした。
けれども、細部の詰めはこれからで、東京ビッグサイトにて、11月15日から始まるジャパンホームショーにて計画のあらましを紹介し、12月6日につくば市で開く「里山住宅博出展者募集・現地見学&説明会」で詳細を発表するまで、まだたくさんの作業が残されているので、本当に大変なのはこれからです。

今、郊外住宅地は空き家が増えて、全国で7軒に1軒、近い将来、3軒に1軒が空き家になるといいます。殊に、首都圏65キロ圏内はきびしいとされ、取手市の過疎化進行は、四国山地の限界集落地を超えて進行する、との研究報告が東大の先生から出ています。
首都圏

首都圏65キロ圏内は、これまで“ベッドタウン”と呼ばれてきました。この言葉をメディアは無造作に用いてきましたが、平たく“寝に帰る街”と訳すると、実に不可思議な言葉ではないでしょうか。
土地価格は高騰し、都心と、 “寝に帰る街”との距離と時間、ドーナツの輪はとめどなく拡大しました。郊外住宅地を求める人は、積極的に郊外居住を求めたわけでなく、消極的な、やむを得ない選択でした。つまり「消極郊外」でした。
その人たちが定年を過ぎて、子供達は巣離れし、恒例化する中で、駅前の商店街はシャッター街に様変わりし、櫛の歯が欠けるように過疎化が進行しているのです。
一体全体、郊外住宅とは何だったのか。その蘇生、再生は可能なのか?
国交省の住宅局の人たちと話していて見えてきたことは、積極的に住みたくなる郊外を生まないと人は戻ってこない、ということでした。「消極郊外」から「積極郊外」へのコペルニクス的転換が必要だというのです。

神戸で開催した里山住宅博は、建売住宅案件を、期間限定(6ヶ月間)で博覧会会場(モデル展示場)にするかたちで開きました。今回も同様の方式とします。神戸では、出展者は地域工務店による木の家に限りました。今回もこれを踏襲します。
神戸では、みんな頑張って設計し、建てたものですから、土地代を含めて、周辺住宅地の建売価格を大きく(約1000万円も)アップし、まだ売却できていないものがあります。プロデューサーとしては、手綱の締め方が緩かったのでは、と反省しています。けれども、これを行なったことで、多くの出展工務店の受注数が増え、住宅博終了から1年を経過した今もモデル展示場として機能しているものもあります。
今回は、ベーシックな価格帯にすることを基本にすべきことを申し合わせたい、と考えています。それは、モデルにならないモデル住宅ばかり、といわれるハウスメーカー中心の総合住宅展示場に対するアンチテーゼでもあって、これから家を建てる若い人に寄り添う住宅博であることを、何より大切にしたいと考えているからです。

神戸では、建築家の堀部安嗣さんと松澤穣さんにヴァンガードハウス(先進の家)を設計してもらい、大きな評判を呼びました。つくばでは、堀部安嗣さん、伊礼智さん、小玉祐一郎さんたちに担当いただく予定です。

里山住宅博 in TSUKUBA つくば

里山住宅博 in TSUKUBA つくば



小池一三  こいけ・いちぞう

1946年京都市生まれ。一般社団法人町の工務店ネット代表/手の物語有限会社代表取締役。住まいマガジン「びお」編集人。1987年にOMソーラー協会を設立し、パッシブソーラーの普及に尽力。その功績により、「愛・地球博」で「地球を愛する世界の100人」に選ばれる。「近くの山の木で家をつくる運動」の提唱者・宣言起草者として知られる。雑誌『チルチンびと』『住む』などを創刊し、編集人を務める。

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