里山の色

姫莎草(ひめくぐ)

版画/たかだみつみ
2017年09月07日 木曜日

ヒメクグ

二十四節気は「白露」。露ができ始める頃、とされています。二十四節気は、旧暦が季節をうまく表せないことを補完するためにつくられたもので、新暦の今とは、実際の気候は合致しませんが、それでもなるほど、夏はいつのまにか遠ざかり、秋の気配が感じられるようになってきました。

今日のテーマは「ヒメクグ」、脇を固めるのは「タウコギ」です。たかだみつみさんによる版画シリーズ「里山の色」は、主役の植物をひとつ取り上げてきましたから、珍しいモチーフです。

けれど、これらの植物が暮らす環境を考えると、納得です。
ヒメクグは、カヤツリグサ科の多年草です。湿ったところを好みます。
タウコギは、キク科の一年草で、やはり湿ったところに群生します。

どちらも田んぼの畦道によく見られる草です。それだけに、稲作農家を悩ませてきたともいえますが、一方で水田の風景を作ってきたともいえます。

畦道には、これらの他にも、さまざまな植物が生息しています。
植物は、陽の光を求めて、ときには上に、ときには横に、葉を伸ばします。ところが、この生存競争に敗れたからといって、すぐにその場から滅んでしまうわけではありません。人間が畦道の草を刈ると、地面に陽が当たります。そうすると、発芽できずにいた別の植物が芽を出し、勢力を伸ばそうとします。
人間が草を刈れば刈るほど、植物相は多様になっていく、というわけです。


クリスチャン詩人として知られる八木重吉に、『草をむしる』という詩があります。

草をむしれば
あたりが かるくなってくる
わたしが
草をむしっているだけになってくる

なんと爽やかな、そして雄大な詩でしょうか。
草刈りは、大変な労働ではあるけれど、そこに喜びを見出すことも出来るし、実は生物多様性に貢献する大切な営みでした。

これも近年は、除草剤によって、一見、作業こそ楽になっているものの、そこにあるのは生物多様性とは逆方面の、貧弱な生物相でした。

畦の草などなくてもいい、ヒメクグもタウコギも、必要ない、と思う人もいるかもしれません。それ以前に、それらの存在を気にもとめていないかもしれません。でも、一度なくなった自然をもとに戻すのがどれだけ困難か、それは多くの人が知ることのはずです。

八木重吉には、『草にすわる』という詩もあります。

わたしのまちがいだった
わたしの まちがいだった
こうして 草にすわれば それが わかる

こちらはなんと重い詩でしょうか。重吉のまちがいがなんだったのか、知る由もありませんが、
そんなすわる草さえ失うようなことは、やはり「まちがい」と言って良いのでは。


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