里山の色

山萩(やまはぎ)

版画/たかだみつみ
2017年08月23日 水曜日

暑さがおさまってくる、とされる処暑を迎えました。東京は、この夏、記録的に天候が悪く、むしろ立秋以降に本格的な暑さが襲ってきたように思えます。毎年述べているような気がしますが、いくら二十四節気が旧暦を下敷きにしているとはいえ、秋はどこかに行ってしまったかのように思います。

今回の版画は「ヤマハギ」です。
ようするにハギ、秋の七草のひとつです。ハギは、万葉集でもっとも多く詠われている花です。
二番目に多いのが梅です。万葉集の梅の歌はよく知られていて、しかしそれ以上にハギが多く詠われているということは、いかにハギが古くから親しまれてきたかの証左といえます。

ところが、現代では、ハギはそれほど注目されていません。注意深く報道を見守っていても、あるいはSNSで知人・友人の投稿を見つめていても、ハギが出て来ることは、まずないのではないでしょうか。

秋の七草にも選ばれ、万葉集でもっとも多く詠まれた、言ってみれば、日本で一番人気があった花、といってもいいハギの人気は、どうしてここまで凋落してしまったのでしょうか。そもそも、私たちが今、ハギと呼んでいるものは、本当にハギなのでしょうか。

牧野富太郎博士は、『植物一日一題』で、以下のように語っています。

ハギとしてある萩の字も和製字で、これは秋に盛んに花がひらくので、それで艸冠りに秋の字を書いた訳で、中国にある本来の萩の字ではない。この中国の萩は蒿(ヨモギの類)であると字典にあってハギとは何の関係もない。すなわちこれは神前に供えるからサカキに対しての榊をつくったのと同筆法である。

どうも、中国のハギと、日本のハギは違っていて、つまるところ、中国のハギは、日本のそれとは全然関係ないのだとか。

「萩」以外にも、ハギを表す漢字は多く伝わっています。
萩・胡枝子・歯木・波疑・波義・芽子・生芽、などなど。これらが本当に全部同じものを指すのか、もしかしたら違うものを指すものもあるかもしれません。
でも、万葉のころに詠まれているハギは、やっぱり今のハギだと思いたいですね。

肝心なのは、ハギが滅んでしまったわけではない、ということです。いまでも多くのハギの仲間が自生しています。
それなのにハギが(少なくとも人間の心の中で)凋落してしまったのは、ガーデニングに使わないから、とか、有用植物としての有用さが減っているから、なども考えられますが、やはり身近で目立たなくなったことが大きいのでしょうか。

ハギはパイオニア植物です。山火事や崩落など、自然の撹乱で荒れ地になったところに、真っ先に生えてきます。住宅地でも、開発中で、まだ家が建っていない空き地などには、よくハギの仲間が見られます。ハギはマメ科の植物で、根粒菌と共生し、痩せた土地でも反映することが出来、そうしてパイオニア植物が土を肥やして、後に続く植物があるのです。

万葉の頃は、そうしたケースで、ハギが目立つことが多かったのかもしれません。ハギの花見をする和歌も残されています。花を髪飾りにしたり、という風流なことも行われていたようです。

現代はインスタント化して、人間が、ハギがゆっくりと荒れ地を豊かにしていくプロセスに付き合える余裕がなくなりました。荒れ地でも生えるハギの特徴は、現代でも法面緑化などに用いられています。そういう意味では、現代でも使われる有用植物である、とはいえます。

そうやってハギの別の魅力が現代に残っているのは、まあ喜ばしいのかもしれませんが、万葉集でなぜ一番の人気だったのか、それを確かめてみたくないですか。

秋の七草が次々に絶滅危惧種に指定されるなか、ハギは、まだまだ珍しい花ではありません。この秋は(もうちょっと涼しくなってから)、ハギの花見に挑戦して、万葉の人たちがどんなことを考えていたのか、そんなことに思いを馳せられたら、それはもう、けっこうな贅沢なことかもしれません。

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